私の手の行方
外に出ると、雨は止んでいた。

昼間は少し暑いけど、朝晩は肌寒くなった。
明日、少しだけ秋冬物の服を出そうと
予定を立てた。

斎藤君は特に何か喋るわけじゃないけど
不思議と無言でも平気だった。

『明日ってなんか予定あんの?』「特に無いよ」
『だったらさ、明日来いよ』
「明日?」『そう明日』『明日の昼飯何?』
「まだ決めてないよ」
『明太スパって作れる?』「明太スパ?」
『そう、明太スパ』
「うん作れるよ。
簡単だから作り方教えようか?」
『明日作りに来て欲しい』「わかった」

材料は、先程のスーパーで買ってたらしい。

こうして、私のプチ衣替えは延期となった。

翌日、11時に斎藤君が迎えに来てくれた。
手には、
近所の和菓子屋さんの紙袋が握られていた。
3時のおやつに買ってくれたようだ。

我が家を出発して、斎藤家を目指した。
信号などはなく、足が止まることもない。

あと数メートルの地点で
いきなり一台のバイクが猛スピードで
角を曲がって来た。

すると、斎藤君は私の手を掴んで抱き留めた。
これは、事故だとわかってる
だけど、心臓が飛び出しそう。

たく、あぶねぇなと言った後
ごめんなと言って離してくれた。

左手が熱い。
お互い少し、気恥ずかしくなったのか
俯いたまま、部屋まで急いだ。

今日も雨ちゃんがお出迎えしてくれて
お昼ご飯の会が始まった。

少し暑いので冷製明太スパを作った。
依頼主の要望でだ。

出来上がりをテーブルに運んでもらい、
お互い頂きますして、食べ始めてたら、
雨ちゃんが一口ちょうだいと
斎藤君のお皿を覗く。

動物に人間の食べるものを
どこまであげて良いのかわからないので
雨ちゃんに、これは身体壊しちゃうかもだから
食べちゃダメって諭した。

これでもかと、耳をシュンとして
明太スパを眺めている。
斎藤君も雨ちゃんのご機嫌が直るように、
あの手この手するが
明太スパが気になって仕方ないようだ。

その時、インターホンが鳴ったので
出るように頼まれた。
モニターの前には、綺麗な女性がいた。

「どちら様ですか?」

『あのっ、久木田と言います。宗介いますか?』

「お待ち下さい」『誰って?』
「久木田さんっていう女性」

一瞬間があって、俺出るから先食べてと
出て行った。

疎い私でもわかる。
彼女はいないと言ってたから、多分元カノだ。

雨ちゃんは、明太スパに興味を失ったみたいで
おもちゃで遊んでいる。

主人無しの部屋で、
客人だけが食べていると言うのも変だと思い、
お皿にラップして、斎藤君を待つ事にした。

それから、30分くらい経って帰って来た。

『先に食べててって言ったのに。
ごめんな、一人待たして』

「私が勝手に待ってただけだから、
気にしないで」

空気が重たいのを察してか、よく喋る斎藤君。

胸元には、さっきまで無かった
ラメが付いていた。

出来れば、気付きたく無かった。
全く枯れているならまだしも、
嫌な女に成り下がってしまった。

今日の手は、酷く醜かった。

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