凪ぐ湖面のように
言葉を止めた湖陽さんの視線が私に向く。それが何とも居心地悪く、私はワザと伸びをして海を見ながら言う。

「綺麗ですね」
「ああ、本当に綺麗だ」

どうして私を見ながらその言葉を述べる! 一気に顔が赤くなるのを感じ、そっぽを向く。

「美希のことで君に言っていなかったことがある」

突然発せられた言葉に再び湖陽さんに視線を向けると、彼は真剣な眼差しで海を見つめていた。

「美希はね……心を病んでしまったんだ」

海を見ているが、湖陽さんの瞳はもっと遠くを見ているように思えた。

「子供がなかなかできなくてね、かなり悩んでいたんだけどね。でも……」

子供ができない……繰り返すように心の中で呟く。

「不妊治療のかいがあり、男の子を授かったんだ。でも、その子が……突然亡くなってしまった。乳幼児突然死症候群だったらしい」

あっ、と目を見開く。小説の参考資料として、以前それについて調べたことがある。

生後二ヶ月から半年の間に起こる突然死。発症率は日本の場合、四千人とか六千、七千人に一人とか言われているらしい。

お腹の中で十月十日大切に育て、ようやく生まれた命を可愛い盛りに失うなんて、と当時、実録の資料を読みながら涙した。

そうか、それを美希さんはリアルに味わってしまったのか……。
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