凪ぐ湖面のように
「美希の心は壊れた。結婚しているという概念はあるが、時々、フッと我を忘れ、昔に戻るんだ。独身だった頃の苦しみの無い頃の自分に」

『私、湖陽兄さんが好きだったの。彼も私を好きだと言ってくれた』
『結婚してからも、湖陽兄さんのことが忘れられなかった』

――でも……あの言葉は、おそらく本心だ。

それが、愛慕の念なのか愛惜の念なのか、私には分からない。だが、確かに彼女の心には、今尚、湖陽さんがいる。

「美希の旦那は誠実な奴で、離婚もせずに美希を優しく見守っている。心から美希のことを愛しているんだろうね」

「だからね……」と、湖陽さんが私の手を握る。

「君を守るために、あの時あんな態度を取らざる得なかった。じゃなかったら……」

湖陽さんの綺麗な顔が苦しそうに歪む。

「どちらにしても君を傷付けたことに変わりは無いが、もし、君を僕の恋人と紹介したら、あいつは君を傷付けただろう。心身共に」

心も身体も……。
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