MAZE ~迷路~
六 不吉な予兆
 開館時刻前に図書館に着いた智(たくみ)は、調べる内容のメモを作りながら、重たいドアーが開けられるのを待ち続けた。
 敦(おさむ)が処分したと思われる、美波(みなみ)の家に近い図書館、近江(このえ)家が処分した可能性のある、近江家付近の図書館を排除した、智の家から少し離れた図書館で、智は最初の調べ物を開始する事にした。
 扉が開かれると、智はすぐに新聞や雑誌のバックナンバーを閲覧したい事を告げ、事件後の新聞記事や雑誌の記事が収められているコンパクトディスクを借り出した。
 新聞の記事は、最初『無理心中』として事件を取り上げ、さらに『殺人事件』へと展開していった。必要な新聞記事を印刷した後、智は雑誌の記事検索を開始した。
 週刊誌などは、かなり過激な記事を掲載していた。
 手当たりしだい、事件に関係があると思われる記事を印刷していた智は、事件後も何度か追跡捜査のように近江病院の疑惑に関して記事を掲載している雑誌を発見した。

(・・・・・・・・さすがの敦も、こんなに経ってから記事を掲載してる雑誌があるとは、思ってなかっただろうな・・・・・・・・)

 智は考えながら、なんどもコンパクトディスクを借り直しては、集められる限り、すべての記事を印刷してまとめた。
 部屋に帰ってから資料をまとめようと思っていた智だったが、思ったより図書館が居心地良かったので、そのまま資料のまとめも行なう事にした。

(・・・・・・・・文明の利器ってのは、ありがたいよなぁ・・・・・・・・)

 智は、そんな事を考えながら、一連の記事を読み直し始めた。

『・・・・・・このような点から、近江病院の現院長が、カルト宗教に傾倒している事は否めない。』

 近江病院とカルト宗教に関する記事をまとめていた智は、似通った記事の多い事に気がついた。
 カルト宗教の事件への関与をにおわす記事は、最低でも一年に一回といった頻度で、とあるマイナー雑誌に掲載され続けており、再三にわたり優性遺伝説や、遺伝子組み換え操作といった単語が使用されていた。

(・・・・・・・・この記事によると、脱信者いわく、院長は新しい世代を導く救世主の誕生を待ち望んでいて、その救世主は、高潔なる一族と、巫女との交わりによって誕生する? なんだそれ?・・・・・・・・)

 智は理解できない言語のような一説を必死に理解しようと、頭をかかえた。

(・・・・・・・・高潔な一族ってのは、たぶん院長の家柄の事なんだろうけど、巫女って、なんだ? 巫女って、神社にいておみくじ売ってる女の人のことじゃなかったっけ? なんでそんな話がここに出て来るんだ?・・・・・・・・)

 智は、それでも先を読み進んだ。

『独自の調査によると、殺害されたとされるA子さんは、院長の実子ではなく、両親を不慮の事故で亡くした遺児として、院長夫婦の養女にされている。証明する事は難しいが、A子さんの両親の事故にも不明な点が多く、院長はA子さんの前に養子縁組の候補として紹介された子供をすべて理由もなく断り続け、A子さんを逆指名するような形で養女に迎えたと言う。当時の養子縁組援助団体では、担当者がすでに死亡しており、証拠となる資料も火災で焼失している事から、コメントする事は出来ないと取材に対して回答している。』

(・・・・・・・・なんだか、怪しいと言えば怪しい気もするけど、この記事を書いてる記者が一番カルトっぽい雰囲気だよな・・・・・・・・)

 智は、さらに続きに目を通した。

『A子さんの実の祖母に当たる人物は、村の巫女(預言者)として、名だたる災害や事故から村人をことごとく遠ざけ、神がかりとして崇められていた。また、実母も同じような能力の兆候を見せていたと、昔を知る人はコメントしていた。』

(・・・・・・・・この記者、本当にそんな昔の事まで探ったんだろうか。それとも、ただの作ったお話なんだろうか・・・・・・・・)

 智は疑問を抱きながらも、出版社の連絡先をメモした。

(・・・・・・・・とにかく、一度連絡を取ってみよう。何が目的かわからないけど、この雑誌だけは、事件のあとも事件を追い続けてる。すくなくとも、去年までは・・・・・・。そうすると、今も病院に電話したり、お寺をうろうろしてるのは、この記者かも・・・・・・・・)

 そこまで考えた智は、記事が毎年同じ月に掲載されている事に気がついた。
「とすると、この記者、いまも事件を追ってるのかも・・・・・・。」
 智は、慌てて資料をまとめると図書館を後にした。

☆☆☆

「すいません、近江絢子(あやこ)さんのお友達ですよね。」
 突然声をかけられた美波は、警戒しながらも声の方を振り向いた。
「すいません。実は、貴方は絢子さんが生きてると、まだ信じてらっしゃるというのを小耳に挟みまして。もしよろしければ、お話を伺わせていただければと・・・・・・。」
 そう言う男は、四十過ぎの、どこにでも居そうな自称ライターといった、典型的な格好をしていた。
「どなたですか?」
 美波は言うと、相手の事をじっと見つめた。
「ご覧になったことありませんか? あの事件以来、毎年、近江病院の院長が絢子さんの事件に深く関与しているという記事を書き続けている者なんですが・・・・・・。」
 男の控えめな物言いに、美波は興味をそそられた。
「ごめんなさい。事件に関する記事は、一切目にしたことがないんです。」
 美波が言うと、男は別段気にした様子もなく、再び話し始めた。
「あの事件以来、ずっとあの病院を追ってましてね。まあ、貴方の存在もずいぶん前から知ってはいたんですが、帰国されているとは知らなかったもので、ずっとご連絡していなかったんですよ。当時、海外にいらしたし、詳細まではご存知ないだろうと、思いましてね。」
 男は言うと、言葉を切った。
「ああ、すいません。私、フリーのライターでして、怪しい名刺しか持ってないんですが、栗栖(くりす)万(たか)年(とし)と言います。」
 栗栖は言いながら、美波に名刺を渡した。
「へえ、万年って書いて、たかとしって読むんですか。」
 美波は妙に感心して言うと、栗栖に笑って見せた。
「そうです。粟野原(あわのはら)美波さん。」
 栗栖が美波をフルネームで呼ぶと、美波は再び警戒した瞳で栗栖を見つめた。
「高校の卒業アルバムを入手しまして、その方から粟野原さんが、やはり一番親しくされていたと伺いまして・・・・・・。」
 栗栖は言うと、優しい笑顔を浮かべた。
「粟野原さんは、高校時代とちっとも変ってらっしゃらないですね。アルバムの写真そのままですね。」
 栗栖の言葉に、美波はなんとなく親しみを覚えた。
「もしかして、変なおやじだと思ってませんか? これでも、粟野原さんたちと、大して年は変らないんですよ。」
 栗栖の無邪気そうな物言いに、美波は警戒を解いて笑い返した。
「お話したい事があるんですが、お茶でも付き合っていただけますか?」
 栗栖が言うと、美波は『わかりました』と、答えた。
「僕が場所を選ぶのはよくないので、粟野原さんの行きつけのお店にしましょう。」
 栗栖の言葉に、美波は近くの喫茶店を指差した。
「あそこでいいです。近いし、時々行くので。」
 美波が言うと、栗栖はちょっと安心したようだった。
「いやぁ。目が飛び出るくらい高いお店を指定されたらどうしようかと、ちょっと心配だったんですよ。」
 栗栖の言葉から、美波は卒業アルバムを売り渡した人間の想像がついた。


 二人は道路を横断し、喫茶店に入ると、窓から離れた奥の席を選んで座った。
「とりあえず、もう一度、自己紹介させていただきます。」
 栗栖は言うと、自己紹介をはじめた。
「フリーのライターをしております、栗栖万年と言います。近江絢子さんの事件を当時からずっと追いかけてます。よろしかったら、お話を聞かせていただけますか?」
 栗栖は言うと、頭を下げた。
「私にわかる事だったら、お役に立てるかどうかわかりませんけど。」
 美波が言うと、栗栖は鞄からファイルを取り出した。
「粟野原さんが、絢子さんと知り合ったのは、高校ですか? それとも、以前から交流がありましたか?」
 栗栖は、早速質問をはじめた。
「知り合ったのは高校です。」
 美波も、すぐに返事をした。
「絢子さんが、近江院長の実子でない事はご存知でしたか?」
「はい。本人から、聞いています。」
「近江院長が、カルト集団に所属している事はご存知ですか?」
「いいえ。」
 美波は言うと、眉をひそめた。
「絢子さんから、義理の父親、もしくは、義理のお兄さんから性的虐待を受けているということを相談された事はありますか?」
 栗栖の言葉に、美波は驚くと同時に席から立ち上がった。椅子と床が擦れ合うけたたましい音に、店に居た客たちが一斉に二人の方を向いた。

「座ってください。」
 栗栖は言うと、美波に落ち着くように手で合図した。
「質問内容が、過激だった事はお詫びします。ご存知なければ、『しらない』と、言っていただければ結構です。」
 栗栖は静かに言うと、美波が椅子に座るのを確認してから、再び質問を繰り返した。
「もう一度伺います。絢子さんから、義理の父親、もしくは、義理のお兄さんから性的暴行もしくは、虐待を受けているということを相談された事はありますか?」
「ありません。」
 美波は、はっきりと言い切った。
「では、暴力を受けているというのは?」
 『ありません』と答えようとした美波は、ふとあることを思い出した。
「あ、もしかしたら、暴力はあったかもしれません。養女だと言うことで、親戚から辛く当たられてるって聞いたことあります。」
「でも、それは暴力といっても、言葉の暴力で、物理的な、肉体的な暴力ではありませんね。」
 栗栖の言葉に、美波は一瞬、沈黙した。
「どうですか?」
 栗栖は、再び問いかけた。
「帰りが遅いと、叩かれるって言ってました。それから、男の子と会ったりすると、ものすごく怒られるって。」
「ものすごく怒られる。それも、高校生の女の子を持つ親としては、男女交際には神経質でしょう。特に、性的なことに興味を持つ年頃だから。」
「でも、高校生の女の子が怯えるくらい怒るって、すごくないですか? 普通、みんな怒られてもケロッとしてるでしょ。その時だけで。よっぽどの事がないと・・・・・・。」
「つまり絢子さんは、怒られる事に対して、ひどく怯えてたわけですね。」
「ええ、恐れていました。」
 美波は、昔の事を思い出しながら言った。
「彼と出かける時も、二人で出かけるってわかると家を出してもらえないから、私と出かける事にしたり。」
「近江家の人が、絢子さんが一緒に外出するのを快く思っていた同級生は、他にどれくらい居ますか?」
「いません。私の知っている限り、他にはいません。いつも、私だけだって言ってました。彼女が付き合っていいのは、私だけだって。」
 美波は言いながら、怪訝な顔をしはじめた。
「そうだわ。他の子は、家に遊びに行くのもだめだって。」
 美波の言葉に、栗栖は身を乗り出した。
「ところで、粟野原さんは、超能力とか信じますか?」
 突然の栗栖の言葉に、美波は警戒心も露に身を引いた。
「単なる一般的な話です。カルト宗教って、オカルトとか、超能力とかが話題になるでしょ。」
 栗栖は言うと、体をそらせるようにして美波との距離を広げた。

(・・・・・・・・もしかして、この人、何か知ってる?・・・・・・・・)

 美波は、じっと栗栖の事を見つめた。

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