MAZE ~迷路~
鳴り続ける電話のベルに、智はぼんやりした頭を振りながら起き上がった。
最初は何の音か分からなかった智も、だんだん頭がはっきりしてくると、それが電話の音だと気がついた。
「はい、もしもし。」
智は、慌ててタックルするようにして電話に出た。
『ごめんなさい、晩くから。・・・・・・智さん、お休みだったかしら?』
控えめな有紀子の声に、智は不吉な気配を感じた。
「あ、お母さん。すいません、今日は早めに休んだもので。」
智は言いながら、裸同然の体にベッドシーツを巻きつけた。
『早めに休んだって、美波、そちらにお邪魔してないの?』
有紀子の言葉に、智は一瞬のうちに眠気から醒めた。
「美波なら、古い友達が地方から出てくるので、明日の夜まで会えないって、電話もするなって言われてるんですが。まだ、帰ってないんですか?」
智は言いながら、ベッドから降りて身支度を始めた。
『そんな・・・・・・。』
有紀子の声は、明らかに動揺していた。
「一時間以内に、そちらに行きます。」
智は言うと、挨拶もそこそこに電話を切った。着替えをしながら、片手で美波の携帯を鳴らしてみたが、留守番電話に繋がるばかりだった。
(・・・・・・・・美波、何があったんだ? お母さんに心配かけるなんて、美波らしくない。それとも、まさか、絢子さんを探しに行ったとか・・・・・・・・)
智は考えると、シャツに袖を通しただけで、車の鍵を片手に部屋を飛び出した。
☆☆☆
電話を切った有紀子は、蒼ざめた顔で敦のことを見つめた。
「敦ちゃん、美波、智さんの所に行ってないそうよ。」
有紀子の言葉に、敦は血の気が引くのを感じた。
(・・・・・・・・あの時、俺が止めておけば・・・・・・・・)
敦は考えると、いてもたってもいられなくなって、椅子から立ち上がった。
「智さん、すぐにこっちに来てくれるそうよ。」
有紀子は言うと、そのまま椅子に腰を落とした。
「おばさん、落ち着いて。美波に何かあった訳じゃないんだから。」
敦は言いながら、動揺している自分が言っても説得力がないだろう思った。
「美波、どこへ行ったのかしら。」
有紀子は、敦の声が聞こえないかのように、じっと美波の席を見つめ続けた。
☆☆☆
「嘘よ。嘘。そんなはずないわ。」
美波は叫ぶと、ベッドの手すりを握り締めた。
明かりに照らし出された絢子は、全身にありとあらゆる管を取り付けられ、呼吸さえも人工呼吸器で支えられている状態だった。
定期的に聞こえてくるエアーの音が、ベッドの上に横たわる絢子がミイラではなく、生きている事を証明しているだけだった。白いというよりも、黄ばんだような色をした皮膚が、骨にかぶさっているだけに見えた。
「嘘よ。」
美波は言いながら、頭を横に振った。
『美波、美波。・・・・・・・・落ち着いて。美波、悲しませてごめん・・・・・・・・。』
戸惑ったような、悲しげな絢子の声が頭に響いた。
『ごめんね、美波。美波と一緒にここから逃げたかった。美波と一緒に生きたかった。でも、体が重すぎて、もう駄目なんだ。美波、たすけて。私をここから、この体から解放して・・・・・・・・。』
絢子の声を聞きながら、美波は骨と皮になった絢子の手を握りしめた。骨ばった絢子の手は冷たく、まるで死人のようだった。
『私を解放して。このまま、ここであの人たちの好きにされたくないの。』
絢子の言葉に、美波は再び頭を横に振った。
「ずっと、ずっと、ティンクに逢えるって信じてた。教えて、何があったの? 私は、誰に復讐したら良いの?」
美波の言葉に、ベッドの上の絢子が少し動いたように見えた。
『美波を悲しませたくない。』
「嫌よ。教えて、何があったの? 誰が、誰がティンクをこんな目に遭わせたの?」
『話すのは、すごく疲れるんだ。だから、私の記憶を覗いて・・・・・・・・。』
絢子の言葉と共に、美波は意識が絢子の記憶の中に流れ込んでいくのを感じた。
真っ白な光に包まれた後、美波は急激な落下感に襲われながら、真っ暗な闇が足元に広がっていくのを感じた。闇は段々と光沢を帯び、黒曜石のように光り始めた。そして、その中心部から、虹色の光を放射線状に発しながら、ゆっくりと映像を映し出し始めた。
『あれは、哲とドライブに出かけた日の事だった。』
絢子の声が響いた後、美波の足元には、遥か下に荒海を見下ろす絶壁が映し出された。この絶壁が絢子の記憶の中にある本当に事故があった場所なのか、事故があった場所として美波が作り出した創造の場所なのか、美波にもはっきり区別がつかなかった。
『哲(さとる)と私はお弁当を食べて、お父さんが患者さんから貰ったって言う、ハーブティーを飲んだの。そうしたら、眠くなって。知らないうちに、眠ってしまったの。』
絢子の言葉に合わせるように、絶壁は足元から消え、真っ白い病室が目の前に広がった。しかし、その部屋には窓がひとつもなく、病室というよりも、監禁室もしくは、処罰室と言った方がふさわしい部屋だった。
ベッドに横たわる絢子は、美波の記憶と同じ色白で、ボーイッシュな顔立ちが、眠り姫ではなく、眠り王子と表現したくなるような雰囲気を漂わせていた。それでも薔薇色の控えめな唇と、やさしいウェーブのかかった癖毛、それに豊かな胸のふくらみが、絢子が魅力的な女性である事を主張していた。
『目が覚めると、私はベッドに縛り付けられていた。』
絢子の声と共に、安らかに眠っていた絢子の姿は、無残にもベッドに縛り付けられた姿に変わって行った。
『何があったのか、わからなかった。でも、あの人たちがやってきた。』
その瞬間、美波は自分が完全に絢子の記憶に溶け込んだのを感じた。
☆☆☆
車を飛ばしてやってきた智は、玄関のベルも押さずにスペアキーで家に入ってきた。
「こんばんは。・・・・・・・・敦、来てたのか。」
敦の姿を見つけると、智は少し複雑な表情を浮かべた。
智としては、敦が美波と行動を共にしてくれているかもしれないと、多少の期待と嫉妬に苛まれていたところだったので、有紀子の隣に座る敦を見た瞬間の安堵と失望は喩えようがなかった。
「智さん、ごめんなさいね。」
有紀子は言うと、まるで今にも倒れそうな蒼ざめた表情で智のことをみつめた。
「何か連絡は?」
智が言うと、敦は頭を横に振った。
「どこに行ったんだろう。」
智は言うと、空いている椅子に腰をおろした。
「話を少し整理したほうが良いと思うんだ。なんだか、話が見えなくて。」
敦が言うと、有紀子も智も頷いて見せた。
「俺は、美波から古い友人のお兄さんと出かけるって聞いたんだけど・・・・・・。」
敦はそこまで言うと、口をつぐんだ。
「僕は、古い友人が上京するからって聞いた。でも、お母さんには、僕と出かけるって言ったんですよね?」
智は言うと、有紀子のことを見つめた。
「ええ。智さんとすることがあるから、遅くなるし、もしかしたら、朝になるかも知れないって。そう言ったわ。」
有紀子は言うと、最近、様子のおかしかった美波の事を思い出した。
「敦、その友達の名前とか聞いたか?」
智は有紀子の手を握りながら、敦に問いかけた。
「俺は、おばさんも了承済みだって言われて、すっかり信じてたから。・・・・・・・・あ、そうだ。翔悟(しょうご)って言ってたかな。」
敦が言うと、有紀子は敦の事を見つめた。
「美波、翔悟さんのお兄さんって言ったの?」
「そうです。そう言ってました。」
「翔悟さんには、お姉さんしかいないわ。」
有紀子は言いながら、古い記憶を手繰り寄せた。
(・・・・・・・・翔悟さんのお兄さん? 徳(のり)恵(え)さんは行方不明のはず。姉さんなら、何か知ってるかもしれない・・・・・・・・)
「敦ちゃん、お母さん寝たと思う?」
突然の有紀子の言葉に、敦は一瞬、何を言われているのか解からなかった。
「えっ? あ、お母さん、起きてると思います。親父が週末の夜は宵っ張りだから。」
敦の答えを聞くと、有紀子は再び電話をかけ始めた。
「もしもし、姉さん。美波、見つからないの。携帯も繋がらなくて。それが、翔悟さんのお兄さんと出かけるって、敦ちゃんに話したらしいの。」
『翔悟さんのお兄さん? 徳恵さんが見つかったって話しは、聞いてないわ。第一、翔悟さんが徳恵さんの話を誰かにしたとは思えないわ。』
明らかに、電話の向こうの美夜子(みやこ)も動揺しているようだった。
『調べてみるわ。でも、この時間だと、明日になってしまうかも。わかり次第電話するわ。』
美夜子は言うと、有紀子の返事を待たずに電話を切った。
受話器を置くと、有紀子は大きなため息をついた。
「お母さん、美波が嘘をついたのは良くないと思いますが、そんなに心配しないで、もう少し待ってから連絡してみるとか、その方が良くないですか?」
智が言うと、有紀子は寂しげな表情を浮かべた。
「もしかしたら、もう帰ってくるかも知れないじゃないですか。」
言いながら智は、自分だけ事の重要さがわかっていない部外者のような気がした。
「でも、その翔悟って人にお兄さんがいないんなら、美波は騙されて、誘拐されたかもしれないんだぞ。」
敦は言うと、智の事を睨み付けた。
「そうは言っても・・・・・・・・。」
智は言葉が見つからず、そのまま口ごもった。
「智さん、それから敦ちゃんもありがとう。姉さんが翔悟さんの事は調べてくれるって言ってるから、二人とも少し休んだほうが良いわ。智さん、蒼い顔をしているわ。」
蒼ざめた有紀子に言われて、智は恥ずかしさに頭をかいた。
「お母さんこそ休んでください。僕と敦が起きてますから。」
智は言うと、敦に有紀子を休ませるように目配せした。
「そうだよ。おばさんの方こそ顔色が悪いよ。さあ、休んで。」
敦は言うと、有紀子の手をひいて二階に連れて行った。
一人残された智は、携帯電話を取り出し、美波の携帯を呼び出してみた。しかし、帰ってくるのは、留守番電話のメッセージだけだった。
☆☆☆
最初は何の音か分からなかった智も、だんだん頭がはっきりしてくると、それが電話の音だと気がついた。
「はい、もしもし。」
智は、慌ててタックルするようにして電話に出た。
『ごめんなさい、晩くから。・・・・・・智さん、お休みだったかしら?』
控えめな有紀子の声に、智は不吉な気配を感じた。
「あ、お母さん。すいません、今日は早めに休んだもので。」
智は言いながら、裸同然の体にベッドシーツを巻きつけた。
『早めに休んだって、美波、そちらにお邪魔してないの?』
有紀子の言葉に、智は一瞬のうちに眠気から醒めた。
「美波なら、古い友達が地方から出てくるので、明日の夜まで会えないって、電話もするなって言われてるんですが。まだ、帰ってないんですか?」
智は言いながら、ベッドから降りて身支度を始めた。
『そんな・・・・・・。』
有紀子の声は、明らかに動揺していた。
「一時間以内に、そちらに行きます。」
智は言うと、挨拶もそこそこに電話を切った。着替えをしながら、片手で美波の携帯を鳴らしてみたが、留守番電話に繋がるばかりだった。
(・・・・・・・・美波、何があったんだ? お母さんに心配かけるなんて、美波らしくない。それとも、まさか、絢子さんを探しに行ったとか・・・・・・・・)
智は考えると、シャツに袖を通しただけで、車の鍵を片手に部屋を飛び出した。
☆☆☆
電話を切った有紀子は、蒼ざめた顔で敦のことを見つめた。
「敦ちゃん、美波、智さんの所に行ってないそうよ。」
有紀子の言葉に、敦は血の気が引くのを感じた。
(・・・・・・・・あの時、俺が止めておけば・・・・・・・・)
敦は考えると、いてもたってもいられなくなって、椅子から立ち上がった。
「智さん、すぐにこっちに来てくれるそうよ。」
有紀子は言うと、そのまま椅子に腰を落とした。
「おばさん、落ち着いて。美波に何かあった訳じゃないんだから。」
敦は言いながら、動揺している自分が言っても説得力がないだろう思った。
「美波、どこへ行ったのかしら。」
有紀子は、敦の声が聞こえないかのように、じっと美波の席を見つめ続けた。
☆☆☆
「嘘よ。嘘。そんなはずないわ。」
美波は叫ぶと、ベッドの手すりを握り締めた。
明かりに照らし出された絢子は、全身にありとあらゆる管を取り付けられ、呼吸さえも人工呼吸器で支えられている状態だった。
定期的に聞こえてくるエアーの音が、ベッドの上に横たわる絢子がミイラではなく、生きている事を証明しているだけだった。白いというよりも、黄ばんだような色をした皮膚が、骨にかぶさっているだけに見えた。
「嘘よ。」
美波は言いながら、頭を横に振った。
『美波、美波。・・・・・・・・落ち着いて。美波、悲しませてごめん・・・・・・・・。』
戸惑ったような、悲しげな絢子の声が頭に響いた。
『ごめんね、美波。美波と一緒にここから逃げたかった。美波と一緒に生きたかった。でも、体が重すぎて、もう駄目なんだ。美波、たすけて。私をここから、この体から解放して・・・・・・・・。』
絢子の声を聞きながら、美波は骨と皮になった絢子の手を握りしめた。骨ばった絢子の手は冷たく、まるで死人のようだった。
『私を解放して。このまま、ここであの人たちの好きにされたくないの。』
絢子の言葉に、美波は再び頭を横に振った。
「ずっと、ずっと、ティンクに逢えるって信じてた。教えて、何があったの? 私は、誰に復讐したら良いの?」
美波の言葉に、ベッドの上の絢子が少し動いたように見えた。
『美波を悲しませたくない。』
「嫌よ。教えて、何があったの? 誰が、誰がティンクをこんな目に遭わせたの?」
『話すのは、すごく疲れるんだ。だから、私の記憶を覗いて・・・・・・・・。』
絢子の言葉と共に、美波は意識が絢子の記憶の中に流れ込んでいくのを感じた。
真っ白な光に包まれた後、美波は急激な落下感に襲われながら、真っ暗な闇が足元に広がっていくのを感じた。闇は段々と光沢を帯び、黒曜石のように光り始めた。そして、その中心部から、虹色の光を放射線状に発しながら、ゆっくりと映像を映し出し始めた。
『あれは、哲とドライブに出かけた日の事だった。』
絢子の声が響いた後、美波の足元には、遥か下に荒海を見下ろす絶壁が映し出された。この絶壁が絢子の記憶の中にある本当に事故があった場所なのか、事故があった場所として美波が作り出した創造の場所なのか、美波にもはっきり区別がつかなかった。
『哲(さとる)と私はお弁当を食べて、お父さんが患者さんから貰ったって言う、ハーブティーを飲んだの。そうしたら、眠くなって。知らないうちに、眠ってしまったの。』
絢子の言葉に合わせるように、絶壁は足元から消え、真っ白い病室が目の前に広がった。しかし、その部屋には窓がひとつもなく、病室というよりも、監禁室もしくは、処罰室と言った方がふさわしい部屋だった。
ベッドに横たわる絢子は、美波の記憶と同じ色白で、ボーイッシュな顔立ちが、眠り姫ではなく、眠り王子と表現したくなるような雰囲気を漂わせていた。それでも薔薇色の控えめな唇と、やさしいウェーブのかかった癖毛、それに豊かな胸のふくらみが、絢子が魅力的な女性である事を主張していた。
『目が覚めると、私はベッドに縛り付けられていた。』
絢子の声と共に、安らかに眠っていた絢子の姿は、無残にもベッドに縛り付けられた姿に変わって行った。
『何があったのか、わからなかった。でも、あの人たちがやってきた。』
その瞬間、美波は自分が完全に絢子の記憶に溶け込んだのを感じた。
☆☆☆
車を飛ばしてやってきた智は、玄関のベルも押さずにスペアキーで家に入ってきた。
「こんばんは。・・・・・・・・敦、来てたのか。」
敦の姿を見つけると、智は少し複雑な表情を浮かべた。
智としては、敦が美波と行動を共にしてくれているかもしれないと、多少の期待と嫉妬に苛まれていたところだったので、有紀子の隣に座る敦を見た瞬間の安堵と失望は喩えようがなかった。
「智さん、ごめんなさいね。」
有紀子は言うと、まるで今にも倒れそうな蒼ざめた表情で智のことをみつめた。
「何か連絡は?」
智が言うと、敦は頭を横に振った。
「どこに行ったんだろう。」
智は言うと、空いている椅子に腰をおろした。
「話を少し整理したほうが良いと思うんだ。なんだか、話が見えなくて。」
敦が言うと、有紀子も智も頷いて見せた。
「俺は、美波から古い友人のお兄さんと出かけるって聞いたんだけど・・・・・・。」
敦はそこまで言うと、口をつぐんだ。
「僕は、古い友人が上京するからって聞いた。でも、お母さんには、僕と出かけるって言ったんですよね?」
智は言うと、有紀子のことを見つめた。
「ええ。智さんとすることがあるから、遅くなるし、もしかしたら、朝になるかも知れないって。そう言ったわ。」
有紀子は言うと、最近、様子のおかしかった美波の事を思い出した。
「敦、その友達の名前とか聞いたか?」
智は有紀子の手を握りながら、敦に問いかけた。
「俺は、おばさんも了承済みだって言われて、すっかり信じてたから。・・・・・・・・あ、そうだ。翔悟(しょうご)って言ってたかな。」
敦が言うと、有紀子は敦の事を見つめた。
「美波、翔悟さんのお兄さんって言ったの?」
「そうです。そう言ってました。」
「翔悟さんには、お姉さんしかいないわ。」
有紀子は言いながら、古い記憶を手繰り寄せた。
(・・・・・・・・翔悟さんのお兄さん? 徳(のり)恵(え)さんは行方不明のはず。姉さんなら、何か知ってるかもしれない・・・・・・・・)
「敦ちゃん、お母さん寝たと思う?」
突然の有紀子の言葉に、敦は一瞬、何を言われているのか解からなかった。
「えっ? あ、お母さん、起きてると思います。親父が週末の夜は宵っ張りだから。」
敦の答えを聞くと、有紀子は再び電話をかけ始めた。
「もしもし、姉さん。美波、見つからないの。携帯も繋がらなくて。それが、翔悟さんのお兄さんと出かけるって、敦ちゃんに話したらしいの。」
『翔悟さんのお兄さん? 徳恵さんが見つかったって話しは、聞いてないわ。第一、翔悟さんが徳恵さんの話を誰かにしたとは思えないわ。』
明らかに、電話の向こうの美夜子(みやこ)も動揺しているようだった。
『調べてみるわ。でも、この時間だと、明日になってしまうかも。わかり次第電話するわ。』
美夜子は言うと、有紀子の返事を待たずに電話を切った。
受話器を置くと、有紀子は大きなため息をついた。
「お母さん、美波が嘘をついたのは良くないと思いますが、そんなに心配しないで、もう少し待ってから連絡してみるとか、その方が良くないですか?」
智が言うと、有紀子は寂しげな表情を浮かべた。
「もしかしたら、もう帰ってくるかも知れないじゃないですか。」
言いながら智は、自分だけ事の重要さがわかっていない部外者のような気がした。
「でも、その翔悟って人にお兄さんがいないんなら、美波は騙されて、誘拐されたかもしれないんだぞ。」
敦は言うと、智の事を睨み付けた。
「そうは言っても・・・・・・・・。」
智は言葉が見つからず、そのまま口ごもった。
「智さん、それから敦ちゃんもありがとう。姉さんが翔悟さんの事は調べてくれるって言ってるから、二人とも少し休んだほうが良いわ。智さん、蒼い顔をしているわ。」
蒼ざめた有紀子に言われて、智は恥ずかしさに頭をかいた。
「お母さんこそ休んでください。僕と敦が起きてますから。」
智は言うと、敦に有紀子を休ませるように目配せした。
「そうだよ。おばさんの方こそ顔色が悪いよ。さあ、休んで。」
敦は言うと、有紀子の手をひいて二階に連れて行った。
一人残された智は、携帯電話を取り出し、美波の携帯を呼び出してみた。しかし、帰ってくるのは、留守番電話のメッセージだけだった。
☆☆☆