MAZE ~迷路~
 絢子の記憶に溶け込んだ瞬間から、足元の映像は消えてなくなり、そのかわりに絢子の見ていたと思われる白い天井が目の前に広がっていた。それと同時に、五感のほとんどが同化していくのを美波は感じた。

(・・・・・・・・痛い。ずいぶんしっかり縛られてるんだわ・・・・・・・・)

 美波が考えていると、ドアーの開く音がして絢子の養父と義兄が入ってきた。
「お父さん、お兄さん。」
 絢子の声がした。
「事故に遭ったんだよ。」
 養父の政(かず)臣(おみ)は言うと、ゆっくりと絢子のそばに歩み寄ってきた。
「哲は? 哲は?」
「助かったが、ひどい怪我でね。だが、彼は医療費が払えないそうじゃないか。」
 政臣の言葉は冷たかった。
「哲を助けて。お願い。お父さん。」
 絢子は必死に起き上がろうとしながら、そう言った。
「絢子、僕からもお父さんに頼んであげても良いよ。」
 不気味なまでに優しい、義兄、将(まさ)臣(おみ)の声が聞こえた。
「お兄さん。」
 絢子が将臣の方を向くと、将臣はゆっくりと絢子のそばに近づいてきた。
「どうした? 助けて欲しいんだろう?」
 将臣は言うと、その手を絢子の首筋に伸ばした。
 優しく、くすぐるように触る将臣の指が、美波にはとても不快に感じられた。

(・・・・・・・・おかしいよ。敦だって、こんな触り方しないもん・・・・・・・・)

 美波は考えながら、絢子が怯えているのを感じた。
「兄さんの事を愛してると言えば、僕だって力になってあげるよ。」
 将臣は言うと、唇どうしが触れ合いそうになるほど近くに顔を寄せてきた。
「い、嫌。嫌よ。そんなの、もうたくさん。」
 絢子は言うと、顔を背けた。
「将臣、諦めろ。」
 政臣は言うと、ベッドの上に腰を下ろした。
「絢子、嫌なら仕方がない。彼には死んでもらうしかない。もともと重症だし。ほっておけば助からない。」
 絢子の瞳から涙がこぼれ始めた。
「お前が協力しないなら、仕方がない。」
「死んだほうがましよ。」
 絢子は言うと、瞳を閉じた。
「お前は殺しはしない。死ぬのは、あの泥棒男だけだ。」
 政臣は言った。
「ゆっくり休みなさい。あの男が死んだら知らせてやろう。」
 そう言って立ち去ろうとする気配に、絢子は目を開けた。
「お父さんとお兄さんの事を愛してます。」
 それだけ言うと、絢子は再び目を閉じた。
「わかった。処置が済んだら戻ってくる。」
「お願い、哲を助けて。」
 歯を食いしばりながら、絢子は言った。
「将臣、鎮静剤を打っておきなさい。」
 政臣は言うと、部屋から出て行った。
「絢子。」
 将臣は言うと、縛られている絢子の腕に注射を打った。
急激な脱力感に襲われながらも、美波は誰かが首筋に唇を這わせているのを感じた。
「可愛い絢子。これからは毎日、お兄ちゃんが愛してあげるよ。」
 将臣は言うと、部屋から出て行ったようだった。
 絢子と共に、美波も一瞬、意識を失った。


 くすぐったさと、息苦しさで目を開けると、政臣の顔が間近に迫っていた。

(・・・・・・・・いや!・・・・・・・・)

 美波は慌てたものの、絢子の記憶と完全に溶け込んでしまった美波の五感は、執拗な政臣の愛撫からも、無理やりに舌を絡めてくる政臣のキスからも、逃れる事ができなくなっていた。
 薬で眠らされているうちに、絢子は一糸まとわぬ姿で、ベッドに縛りなおされていた。
 そして、そこにいるのは、初潮を迎えたばかりの絢子の寝室を訪れ、これから役に立つ大切な事だと言いながら、力ずくで絢子の操を奪った、獣のような政臣だった。
「さあ絢子、まずはお父さんからだ。」

(・・・・・・・・待って、何をするの?・・・・・・・・)

 美波が動揺しているうちに、美波は政臣が絢子の中に入ってきたのを感じた。

(・・・・・・・・やめて、気持ち悪い!・・・・・・・・)

 美波の悲鳴に、絢子が気づいた。
『美波、聴覚と視覚だけを残して!』
 絢子の声が聞こえると同時に、美波は再び闇の中に放り出された。
 足元に映し出される絢子は、まるで二匹の獣に襲い掛かられている様だった。

 政臣が絢子の下半身から離れると、すぐに将臣が取って代わった。何度も何度も執拗に繰り返される行為に、辺りが真っ白い光に包まれていった。

(・・・・・・・・ひ、ひどい。こんな事って・・・・・・・・)

 美波は、全身が震えるのを感じた。
 再び闇の中に絢子の姿が映し出されたとき、絢子のそばに二人の姿はなかった。全裸のまま、足に鎖のようなものをつけられ、部屋に残された絢子は、部屋の隅に置いてある簡易シャワーで全身を洗い流し始めた。
 シャワーから出た絢子は、体を拭くと再びベッドに戻った。着る物のない居心地の悪さに、絢子はベッドのシーツを剥ぎ取ると、体に巻きつけた。
「・・・・・・・・死にたい。」
 絢子はつぶやくと、シーツを巻いた姿で、ベッドの上で膝を抱いて泣き始めた。
「・・・・・・哲。お願い、死なないで。・・・・・・・・美波。逢いたいよ・・・・・・。」
 美波は胸が締め付けられるような、痛みを感じた。

 来る日も来る日も、政臣と将臣の二人は、代わる代わる現れては、絢子を嬲り続けた。その度にシャワーを浴びる絢子の体が乾く間もないほど、頻繁に訪れる事もあった。
 悪夢のような日々の繰り返しに、美波は吐き気を催した。

(・・・・・・・・あの人たちは人間じゃないわ・・・・・・・・)

 美波はそう考える事によって、爆発しそうになる感情を必死に抑え続けた。


「よくやった、絢子。妊娠したぞ。」
 将臣は、そう言うと絢子の事を抱きしめた。
「お父さんも、可愛い絢子を他の奴に抱かせたくなんかないんだ。だから元気な子供が生まれるように、体を大事にするんだぞ。とにかく、安定期に入るまで、しばらく安静にするんだよ。」
 将臣は言うと、絢子の頭を撫でてから部屋を出て行った。


 それからの絢子の生活は、比較的人間らしいものになった。
 日に三度運ばれてくる食事も、子供の事を考えた栄養バランスの良い物に見えたし、体を冷やさないように与えられた衣服で、絢子は何ヶ月ぶりかの全裸ではない生活を送る事ができた。
 絢子がつわりを訴えるようになると、政臣は胎児の健康が気にかかるらしく、以前よりも頻繁に絢子の部屋に顔を出すようになり、体温、血圧などを几帳面に測定しては帰っていった。


「双子だ。」
 かみ締めるように言うと、政(かず)臣(おみ)は絢子の事を見つめた。
「何がいけないの?」
 絢子は、すでに抵抗や反抗という言葉を忘れたかのような従順さの中で、久しぶりに言葉を発した。
「何がいけないだと!」
 政臣は言うと、絢子に掴みかかった。
「私たちが待ちわびてるのは、ただの子供じゃない。救世主だ。救世主は双子ではいけないんだ。わかるか?」
 政臣は吐き捨てるように言うと、その瞳に好色の色を浮かべた。
「まあいいさ。子供を堕胎(おろ)したら、また毎日、可愛がってやる。」
 政臣の言葉に、絢子はすがるような目で将(まさ)臣(おみ)を見つめた。
「仕方ないんだ、絢子。お前を守るためには、これが一番の方法なんだよ。」
 抵抗する暇もなく、将臣に羽交い絞めにされた絢子の腕に、政臣が何かを注射した。
 そして、辺りはまた、真っ白い光に包まれた。


 再び、闇の中に絢子の姿が映し出された時、絢子は再びベッドに縛り付けられていた。
「うまくいったよ。」
 将臣は愛しそうに、絢子の髪を玩んでいた。
「僕は絢子が家に来たときから、ずっと絢子が好きだった。大きくなって、絢子はもっと可愛くなった。絢子には、僕の子供を生んでもらいたいんだ。そして、僕の子供が救世主になるんだ。父さんは、自分の子供を救世主として認めさせようと、前にも徳恵とか言う巫女を誘拐してきて、結局、壊してしまった。大事な巫女を壊しちまった挙句が、こんどの双子。だから一族は、父さんに失望して、僕が選ばれたんだ。こんなこと、僕が話したの、父さんには内緒だよ。傷が治ったら、ゆっくり愛し合おう。」
 将臣は言うと、部屋から出て行った。


 傷が治るまでの日々は、絢子にとって、とても平和なものだった。養父の政臣も義兄の将臣も優しく、絢子を嬲りものにした時の獣のような人間とは違って見えた。
 しかし傷が治ると、絢子は再び全裸でベッドに繋がれるようになった。
 将臣の言葉が真実なのか、政臣が絢子を抱く回数は極端に低くなり、絢子のところへ姿を現すのは、将臣ばかりになった。


「お兄さんは、お父さんと違うのね。」
 絢子は、獣のような激しさをぶつけるようにして抱く政臣を思い出しながらつぶやいた。
「お父さんは、いつも私を物みたいに扱うわ。終わると、ごみを捨てるみたいに私から離れるの。」
 隣に横になり、絢子の髪を玩んでいた将臣は、上半身を起こすと絢子の顔を覗き込んだ。
「父さんの方が良いのか?」
 将臣の言葉に、絢子は無言で頭を横に振った。
「父さんは、昔の習慣に縛られてるんだ。」
 将臣は言うと、話し始めた。
「一族が預言者を授かったのは、隣の部族の巫女を捕らえて、一族の男全員で嬲りものにしたあと。生まれた子供は、その巫女なんかよりも素晴らしい力を持っていた。それから、預言者が死ぬと、一族は巫女を捕らえて来ては、子供を生ませた。その繰り返しから、より暴力的に嬲るほうが、より力の強い子供が生まれるって、みんな信じた。で、それが習慣になった。でも、変わった事も卓さんる。昔は、一族全ての男たちが巫女を抱けたのに、今は選ばれたエリートだけ。それで、俺が生まれてすぐのころ、もうすぐ救世主が授かるって予言がされて、一族は血眼になって巫女を探した。でも、巫女の一族も必死に隠れてるから、なかなか見つからなかった。ところが、父さんは絢子を貰ってきた。でも、僕はそんな習慣信じてない。だから、こうやって絢子を優しく愛して、絢子が僕の子供を生めば、問題ないって思ってる。」
 将臣は言葉を切ると、絢子の唇に自分の唇を重ねた。
「絢子が、暴力的な方が好きなら、僕はそれでもかまわない。」
 絢子は涙をこぼしながら、無言で頭を横に振った。それが話の終了の合図となり、将臣は再び絢子の体を愛撫し始めた。

(・・・・・・・・やめて。ティンクをこれ以上傷つけないで・・・・・・・・)

 美波は、涙があふれてくるのを止めることができなかった。

『美波、心配しないで。もう過ぎた事なんだから。』

 優しい絢子の言葉が、美波には痛々しく感じられた。
< 28 / 45 >

この作品をシェア

pagetop