MAZE ~迷路~
絢子の一日は、美波の日記を読む事から始まり、それで終わった。
日記を読んでいると、いかに美波が絢子の事を大切に想っていたか、絢子にも痛いほど良くわかった。それと同時に、美波も絢子に対して、恋愛にも似た感情を抱いていた事に、絢子は衝撃を受けた。
(・・・・・・・・美波も私の事を愛してくれてたんだ。そんな事言ったら、変態呼ばわりされて、相手にもしてもらえなくなるかもしれないって心配してたのに。本当は、美波ももっと触れ合いたいって、思ってたんだ・・・・・・・・)
絢子は考えながら、鏡台に映る美波の姿を見つめた。
鏡に映っているのは、まぎれもない美波の姿だった。絢子が愛しいと想い、恋焦がれるように、求め続けた美波の体だった。
(・・・・・・・・私がなりたかったのは、本当は、翔悟。この美波を力強く抱きしめ、その唇に唇を重ねることを許される相手。美波を抱く事のできる、本当の男・・・・・・・・)
そこまで考えた絢子は、慌てて鏡台に背を向けた。
いままでずっと押し殺していた美波への情熱が、封印を突き破り、吹き上げるようにして込み上げてきた。
(・・・・・・・・美波が欲しい・・・・・・・・)
心の中で、自制心を振り切り、何かが叫ぶのを絢子は感じた。
(・・・・・・・・美波が欲しい。美波を抱きたい・・・・・・・・)
我侭な子供のように、叫び続ける声が頭に響いた。
(・・・・・・・・だめ。絶対駄目。そんな事できない・・・・・・・・)
絢子は両手で頭を押さえると、ベッドに横になった。
その日は、特に何もしないまま、絢子は天井を見つめてすごした。
お昼に声をかけに来た有紀子や、夕食を知らせに来た敦が、心配げに絢子の様子を尋ねたが、絢子は無言で頭を横に振る事しかできなかった。
夕食を済ますと、絢子は風呂に入らないまま、すぐにベッドに入って眠りについた。
☆☆☆
目覚めた美波は、辺りが真っ暗なのに気がつくと、訝しげに目覚まし時計を取り上げた。
「へんなの。寝ても寝ても、朝が来ないなんて。太陽が燃え尽きたわけじゃあるまいし。まあ、ゆっくり寝られるからいいけどね。」
美波は呟くと、ベッドから降りた。
「なんだか、喉が渇くなぁ~。」
不服そうに言うと、美波は台所に下りて行った。
下に降りると、さっきまで真っ暗だったはずの台所に、電気がついていた。
「ママ、起こしちゃった?」
美波は言うと、冷蔵庫のドアーを開けた。
「すっごい、家の冷蔵庫って、こんなに性能が良かったっけ? さっき入れたお水、もう冷たくなってる。」
美波は言うと、飲みかけのボトルを取りだし、洗いかごからお気に入りのグラスを取り出した。
「美波、体の調子はどうなの?」
有紀子は、自然な調子で問いかけた。
「なんだか、体が固まってるみたい。全身凝ってるって言うのかな。」
美波は言うと、有紀子の目の前で、グラスに二杯の水を一気に飲み干した。
「やっぱり、もう一杯飲んだら、また、トイレに行きたくなって起きちゃうよね。」
そう言う美波は、真剣に悩んでいるようだった。
「飲みすぎると、体がむくむわよ。」
有紀子の言葉に、美波は残念そうにボトルをしまった。
「さっきガタガタしたから、起こしちゃった?」
美波は、再び同じ質問をした。
「ちがうわ。美波に会うために、今晩は起きて待ってたの。」
有紀子は言うと、美波の瞳を見つめた。
美波は、有紀子がこの間の朝帰りを皮肉っているのだと勘違いした。
「やだ、この間みたいなのは、特別よ。智と一緒だったし・・・・・・。」
言いながら、段々と美波の声は小さくなっていった。
「この間・・・・・・。それっていつ?」
美波が動揺するのを見て、有紀子は言葉をかけた。
「美波、落ち着いて。慌てないで。ゆっくり、ゆっくり考えて。」
有紀子の言葉に、美波は無言で頷いた。
「美波は、ずっと眠っていたのよ。力を使いすぎた反動だと思うけど。」
有紀子の言葉に、美波は夢だと思っていたすべてが現実だった事を悟った。
「美波が眠っている間、絢子ちゃんが起きていたわ。」
有紀子が言うと、美波は瞳を輝かせて有紀子のことを見つめた。
「ティンク、私の中にいるの?」
言ってから、美波はことの重大さに思い当たったようだった。
「私が眠っていると、ティンクが起きて、ティンクが眠ると、私が起きる。つまり、眠るたびに入れ替わってるわけね。」
美波は言いながら、考えた。
昼間は絢子、夜中に美波が出てくる事で、混乱を最小限にとどめる事ができるようにも思えるが、それは、あくまでも絢子が昼寝や転寝をせず、また、その程度の睡眠では二人が入れ替わらないという仮定の基に成り立つ構図で、転寝や昼寝をするたびに二人が入れ替わってしまうとしたら、二人が同時に存在するよりも、もっと厄介な事になるのは明らかだった。
「ティンクは知ってるの?」
美波の問いに、有紀子は頭を振って見せた。
「私も、こうして美波と話をするまで確信がなかったの。だから、絢子ちゃんにも敦ちゃんにも言ってないわ。」
有紀子の言葉に、美波は驚いて顔をあげた。
「敦?」
美波の顔には、動揺の色が見て取れた。
「智は? 智も知ってるの?」
美波の問いに、今度は有紀子が窮する番だった。
「智さんは、なにも知らないわ。」
有紀子が言うと、美波は怪訝な顔をした。
「智、ティンクと私の違い、気付かないの?」
美波にしてみれば、それは驚きでもあり、悲しい事でもあった。
「智さんは、事件の後、婚約を解消したいと言ってきたの。」
有紀子の言葉に、美波はハンマーで殴られたようなショックを感じた。
「婚約解消・・・・・・。」
美波は言うと、そのまま何も言わなかった。
考えてみれば、智と美波の間は、あの喧嘩以来、しっくりきていなかったことも事実だったし、最後に電話で話したときも、半ば喧嘩状態で美波が強引に電話を切ったようなものだった。その挙句、理由はどうであれ、死者がでるような事件に巻き込まれた美波に、智が愛想を尽かすのは仕方のない事にも思えた。
今となっては、美波と絢子、どちらの力が爆発した事により、政(かず)臣(おみ)が死に至ったのか、美波にもわからなかった。美波にはっきり解かっているのは、最後の力を振り絞り、絢子を体から解放したことだけだった。
「仕方ないよね。」
美波は、ぽつりと呟いた。
「やっぱり、一族の巫女は、一族の男と結婚するほうが良かったんだよね。」
そう言うと、美波はため息をついた。
「ティンク、幸せそう?」
美波の問いに、有紀子は頷いた。
「敦ちゃんと仲良くしてるわ。」
「そうか。じゃあ、しばらくティンクに、この体預けておいてもいいね。」
美波は言うと、椅子から立ち上がった。
「まって美波。ママとパパの子供は、美波なのよ。」
有紀子の言葉に、美波は目を伏せた。
「絢子ちゃんが美波の中で生き続けるのは、反対しないわ。でも、美波には、戻ってきてもらいたいの。だから、美波には、絢子ちゃんと同化する方法を真剣に考えてもらいたいの。」
有紀子は言うと、立ち上がって美波の事を抱きしめた。
「もうすぐ、パパが帰ってくるわ。美波がいなかったら、パパは悲しむわ。」
有紀子は諭すように言うと、やさしく美波の頭を撫ぜた。
「考えてみる。」
美波は言うと、逃げ出すようにして部屋に戻って行った。
有紀子は、祈るような気持ちで美波の背中を見送った。
(・・・・・・・・美波を永遠に失ってしまうようなことには、なりたくない・・・・・・・・)
有紀子は考えると、台所の電気を消して自分の部屋へとあがっていった。
☆☆☆
部屋に戻った美波は、机の引き出しから日記を取り出した。
ぱらぱらとめくってみると、見覚えのある絢子の字が、ところどころのページに書き込まれていた。
(・・・・・・・・ティンク、日記を読んでくれてるんだ・・・・・・・・)
美波はそんな事を考えながら、絢子の文字を眼で追った。
読み飛ばすことなく、一日、一日、丁寧に読んでいるらしい絢子のコメントは、美波が問いかけるように日記を終えた日には、必ず答えが添えられていた。
しかし、美波が絢子への愛を告白したページ以降は何も書かれていなかった。
(・・・・・・・・もしかして、ティンク、私のこと変態だって思ったんじゃ・・・・・・・・)
美波は心配になると、いったん日記を閉じた。
(・・・・・・・・でも。ティンクに伝えるなら、この日記が一番いい・・・・・・・・)
美波は決心すると、絢子へのメッセージを書き始めた。
『親愛なるティンク
今日の分の日記に、ティンクが気付くのはいつ頃なのかな。あの告白ページにショックを受けて、日記を読むの止めてなければいいんだけど。
私は、美波、当然だけど。
昨日の夜、はじめて目が覚めたの。それで、気がついたんだ。ティンクが私が寝てる間に、起きてるって。
だから、この日記を使って、ティンクと話したいと思ってるの。
まず、ティンク、おめでとう。ティンクの願い通り、体から開放されて、私の中に入ってくれて、本当にありがとう。実際に、話したりできないから、寂しいけど、でも、ティンクと一緒だってわかったから、とっても幸せな気分。うまく、私たちが融合する事ができたら、彩音さんができなかったこと、できちゃうんだよね。そうしたら、今度こそ、翔悟、つまり、飛翔と一緒になれるかも。まあ、私たちの力の及ばない先の事だから、なんとも言えないけど。
おっと、本題からずれちゃった。
私の計画では、まず、この日記を使って、私とティンクが定期的に連絡を取り合って、それで、ティンクが起きてるときに私を呼び起こす努力、私が起きてるときに、ティンクを起こす努力を繰り返してみたいと思ってるの。
私、寝起きが悪いから、辛抱強く起こしてみてね。それから、ティンク、寝たまま返事するのは、駄目だよ。
これがうまく行かなかったら、その時、また違う計画を立てるつもり。
ティンクと一緒になれるかと思うと、すごくうれしい。
なんか、変だよね。同じからだの中にいるのに。
まあ、いいけど。他の人から見たら、多重人格に見えるかもしれないから、出かけるときは、十分注意してね。
では、では。 愛をこめて。
美波』
最後に日付とサインを書くと、美波は日記帳を閉じた。そして、机の上に日記帳を置いたまま、ベッドに入った。
☆☆☆
日記を読んでいると、いかに美波が絢子の事を大切に想っていたか、絢子にも痛いほど良くわかった。それと同時に、美波も絢子に対して、恋愛にも似た感情を抱いていた事に、絢子は衝撃を受けた。
(・・・・・・・・美波も私の事を愛してくれてたんだ。そんな事言ったら、変態呼ばわりされて、相手にもしてもらえなくなるかもしれないって心配してたのに。本当は、美波ももっと触れ合いたいって、思ってたんだ・・・・・・・・)
絢子は考えながら、鏡台に映る美波の姿を見つめた。
鏡に映っているのは、まぎれもない美波の姿だった。絢子が愛しいと想い、恋焦がれるように、求め続けた美波の体だった。
(・・・・・・・・私がなりたかったのは、本当は、翔悟。この美波を力強く抱きしめ、その唇に唇を重ねることを許される相手。美波を抱く事のできる、本当の男・・・・・・・・)
そこまで考えた絢子は、慌てて鏡台に背を向けた。
いままでずっと押し殺していた美波への情熱が、封印を突き破り、吹き上げるようにして込み上げてきた。
(・・・・・・・・美波が欲しい・・・・・・・・)
心の中で、自制心を振り切り、何かが叫ぶのを絢子は感じた。
(・・・・・・・・美波が欲しい。美波を抱きたい・・・・・・・・)
我侭な子供のように、叫び続ける声が頭に響いた。
(・・・・・・・・だめ。絶対駄目。そんな事できない・・・・・・・・)
絢子は両手で頭を押さえると、ベッドに横になった。
その日は、特に何もしないまま、絢子は天井を見つめてすごした。
お昼に声をかけに来た有紀子や、夕食を知らせに来た敦が、心配げに絢子の様子を尋ねたが、絢子は無言で頭を横に振る事しかできなかった。
夕食を済ますと、絢子は風呂に入らないまま、すぐにベッドに入って眠りについた。
☆☆☆
目覚めた美波は、辺りが真っ暗なのに気がつくと、訝しげに目覚まし時計を取り上げた。
「へんなの。寝ても寝ても、朝が来ないなんて。太陽が燃え尽きたわけじゃあるまいし。まあ、ゆっくり寝られるからいいけどね。」
美波は呟くと、ベッドから降りた。
「なんだか、喉が渇くなぁ~。」
不服そうに言うと、美波は台所に下りて行った。
下に降りると、さっきまで真っ暗だったはずの台所に、電気がついていた。
「ママ、起こしちゃった?」
美波は言うと、冷蔵庫のドアーを開けた。
「すっごい、家の冷蔵庫って、こんなに性能が良かったっけ? さっき入れたお水、もう冷たくなってる。」
美波は言うと、飲みかけのボトルを取りだし、洗いかごからお気に入りのグラスを取り出した。
「美波、体の調子はどうなの?」
有紀子は、自然な調子で問いかけた。
「なんだか、体が固まってるみたい。全身凝ってるって言うのかな。」
美波は言うと、有紀子の目の前で、グラスに二杯の水を一気に飲み干した。
「やっぱり、もう一杯飲んだら、また、トイレに行きたくなって起きちゃうよね。」
そう言う美波は、真剣に悩んでいるようだった。
「飲みすぎると、体がむくむわよ。」
有紀子の言葉に、美波は残念そうにボトルをしまった。
「さっきガタガタしたから、起こしちゃった?」
美波は、再び同じ質問をした。
「ちがうわ。美波に会うために、今晩は起きて待ってたの。」
有紀子は言うと、美波の瞳を見つめた。
美波は、有紀子がこの間の朝帰りを皮肉っているのだと勘違いした。
「やだ、この間みたいなのは、特別よ。智と一緒だったし・・・・・・。」
言いながら、段々と美波の声は小さくなっていった。
「この間・・・・・・。それっていつ?」
美波が動揺するのを見て、有紀子は言葉をかけた。
「美波、落ち着いて。慌てないで。ゆっくり、ゆっくり考えて。」
有紀子の言葉に、美波は無言で頷いた。
「美波は、ずっと眠っていたのよ。力を使いすぎた反動だと思うけど。」
有紀子の言葉に、美波は夢だと思っていたすべてが現実だった事を悟った。
「美波が眠っている間、絢子ちゃんが起きていたわ。」
有紀子が言うと、美波は瞳を輝かせて有紀子のことを見つめた。
「ティンク、私の中にいるの?」
言ってから、美波はことの重大さに思い当たったようだった。
「私が眠っていると、ティンクが起きて、ティンクが眠ると、私が起きる。つまり、眠るたびに入れ替わってるわけね。」
美波は言いながら、考えた。
昼間は絢子、夜中に美波が出てくる事で、混乱を最小限にとどめる事ができるようにも思えるが、それは、あくまでも絢子が昼寝や転寝をせず、また、その程度の睡眠では二人が入れ替わらないという仮定の基に成り立つ構図で、転寝や昼寝をするたびに二人が入れ替わってしまうとしたら、二人が同時に存在するよりも、もっと厄介な事になるのは明らかだった。
「ティンクは知ってるの?」
美波の問いに、有紀子は頭を振って見せた。
「私も、こうして美波と話をするまで確信がなかったの。だから、絢子ちゃんにも敦ちゃんにも言ってないわ。」
有紀子の言葉に、美波は驚いて顔をあげた。
「敦?」
美波の顔には、動揺の色が見て取れた。
「智は? 智も知ってるの?」
美波の問いに、今度は有紀子が窮する番だった。
「智さんは、なにも知らないわ。」
有紀子が言うと、美波は怪訝な顔をした。
「智、ティンクと私の違い、気付かないの?」
美波にしてみれば、それは驚きでもあり、悲しい事でもあった。
「智さんは、事件の後、婚約を解消したいと言ってきたの。」
有紀子の言葉に、美波はハンマーで殴られたようなショックを感じた。
「婚約解消・・・・・・。」
美波は言うと、そのまま何も言わなかった。
考えてみれば、智と美波の間は、あの喧嘩以来、しっくりきていなかったことも事実だったし、最後に電話で話したときも、半ば喧嘩状態で美波が強引に電話を切ったようなものだった。その挙句、理由はどうであれ、死者がでるような事件に巻き込まれた美波に、智が愛想を尽かすのは仕方のない事にも思えた。
今となっては、美波と絢子、どちらの力が爆発した事により、政(かず)臣(おみ)が死に至ったのか、美波にもわからなかった。美波にはっきり解かっているのは、最後の力を振り絞り、絢子を体から解放したことだけだった。
「仕方ないよね。」
美波は、ぽつりと呟いた。
「やっぱり、一族の巫女は、一族の男と結婚するほうが良かったんだよね。」
そう言うと、美波はため息をついた。
「ティンク、幸せそう?」
美波の問いに、有紀子は頷いた。
「敦ちゃんと仲良くしてるわ。」
「そうか。じゃあ、しばらくティンクに、この体預けておいてもいいね。」
美波は言うと、椅子から立ち上がった。
「まって美波。ママとパパの子供は、美波なのよ。」
有紀子の言葉に、美波は目を伏せた。
「絢子ちゃんが美波の中で生き続けるのは、反対しないわ。でも、美波には、戻ってきてもらいたいの。だから、美波には、絢子ちゃんと同化する方法を真剣に考えてもらいたいの。」
有紀子は言うと、立ち上がって美波の事を抱きしめた。
「もうすぐ、パパが帰ってくるわ。美波がいなかったら、パパは悲しむわ。」
有紀子は諭すように言うと、やさしく美波の頭を撫ぜた。
「考えてみる。」
美波は言うと、逃げ出すようにして部屋に戻って行った。
有紀子は、祈るような気持ちで美波の背中を見送った。
(・・・・・・・・美波を永遠に失ってしまうようなことには、なりたくない・・・・・・・・)
有紀子は考えると、台所の電気を消して自分の部屋へとあがっていった。
☆☆☆
部屋に戻った美波は、机の引き出しから日記を取り出した。
ぱらぱらとめくってみると、見覚えのある絢子の字が、ところどころのページに書き込まれていた。
(・・・・・・・・ティンク、日記を読んでくれてるんだ・・・・・・・・)
美波はそんな事を考えながら、絢子の文字を眼で追った。
読み飛ばすことなく、一日、一日、丁寧に読んでいるらしい絢子のコメントは、美波が問いかけるように日記を終えた日には、必ず答えが添えられていた。
しかし、美波が絢子への愛を告白したページ以降は何も書かれていなかった。
(・・・・・・・・もしかして、ティンク、私のこと変態だって思ったんじゃ・・・・・・・・)
美波は心配になると、いったん日記を閉じた。
(・・・・・・・・でも。ティンクに伝えるなら、この日記が一番いい・・・・・・・・)
美波は決心すると、絢子へのメッセージを書き始めた。
『親愛なるティンク
今日の分の日記に、ティンクが気付くのはいつ頃なのかな。あの告白ページにショックを受けて、日記を読むの止めてなければいいんだけど。
私は、美波、当然だけど。
昨日の夜、はじめて目が覚めたの。それで、気がついたんだ。ティンクが私が寝てる間に、起きてるって。
だから、この日記を使って、ティンクと話したいと思ってるの。
まず、ティンク、おめでとう。ティンクの願い通り、体から開放されて、私の中に入ってくれて、本当にありがとう。実際に、話したりできないから、寂しいけど、でも、ティンクと一緒だってわかったから、とっても幸せな気分。うまく、私たちが融合する事ができたら、彩音さんができなかったこと、できちゃうんだよね。そうしたら、今度こそ、翔悟、つまり、飛翔と一緒になれるかも。まあ、私たちの力の及ばない先の事だから、なんとも言えないけど。
おっと、本題からずれちゃった。
私の計画では、まず、この日記を使って、私とティンクが定期的に連絡を取り合って、それで、ティンクが起きてるときに私を呼び起こす努力、私が起きてるときに、ティンクを起こす努力を繰り返してみたいと思ってるの。
私、寝起きが悪いから、辛抱強く起こしてみてね。それから、ティンク、寝たまま返事するのは、駄目だよ。
これがうまく行かなかったら、その時、また違う計画を立てるつもり。
ティンクと一緒になれるかと思うと、すごくうれしい。
なんか、変だよね。同じからだの中にいるのに。
まあ、いいけど。他の人から見たら、多重人格に見えるかもしれないから、出かけるときは、十分注意してね。
では、では。 愛をこめて。
美波』
最後に日付とサインを書くと、美波は日記帳を閉じた。そして、机の上に日記帳を置いたまま、ベッドに入った。
☆☆☆