溺甘豹変〜鬼上司は私にだけとびきり甘い〜
「少しでいいから……」
涙声になりながらそう続ける朱音さんを、九条さんは無言で見つめる。その表情からは九条さんの気持ちは全く見えない。
なんて答えるの?やり直すの?知るのが怖いくせに、知りたい自分もいる。手に持っていた入館証をギュッと胸元に引き寄せる。
「わかった」
続いた沈黙の後、九条さんが静かに言った。
「まだ仕事が残ってるから、30分な」
「ありがとう、京吾」
「うちでいいだろ」
行くぞ、と九条さんがぶっきら棒に言うと、二人でこっちに向かってくるのが見えて、私は逃げるようにビルの中へ走った。
バクバクと心臓が高鳴っている。喉の奥が苦しい。今から二人は部屋に行ってこれからのことを話し合うんだ。もしそこで、復縁ってことになったらあのベッドで抱き合うの?
足元を見つめる視界が滲むのを感じながら、一人静まり返ったオフィスに戻った。