溺甘豹変〜鬼上司は私にだけとびきり甘い〜
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その日の仕事終わり、約束したわけじゃないのに、当たり前のように一緒に退社し、同じ方向を目指した。もちろん向かった場所は九条さんの家。
今日で三度目になる九条さんの部屋は、それまでとは違った緊張感でいっぱいだった。もうこれは大人の夜のフラグだと確信しているのだけど、未だ覚悟が決まらないでいる。
夢で見るくらい期待していたのに、この時を心待ちにしていたのに、いざそうなるとどうしていいのかわからない。
だからさっきからテキパキと部屋を片付ける九条さんの背中を、体を強張らせたままただ呆然と見つめている。
「そんなに緊張するなよ、伝染するだろ」
散らばっていた本をしまいながらそう言ってきた九条さんの声にハッとして適当に視線を配らせる。