さまよう爪
頭を下げる。

「あの。ごめんなさい。わたしたちそろそろ出るので」

「なあんだ。彼女いたんだ。しかもチョー大人っぽい。スタイルいい。こんな彼女いたらそりゃウチらなんかになびかないよね」

「そうだよねえ」

彼女じゃない。

ここで否定しても面倒なことになるだけなので受け流すことにした。

「……すみません。それでは失礼します」

もう一度頭をしっかり下げて瀬古さんの腕を掴み足早にその場を後にする。

彼女たちがバイバイと手を振っている。

バイバイねー、なんて瀬古さんも振り返しているものだから彼の腕を掴むわたしの手にも力が入る。

彼を引っ張って、ヒールをカツンカツン鳴らして大股でいく。

これは、威嚇だ。

すぐ後ろから声。

「ちょっと。小野田さん。小野田すみれさん。痛い。手首痛い。もげるよ」

「もげるか!」

自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。

少数が、ちらちらとこちらを見ている。

顔が赤くなっていくのがわかる。それは、人に注目されているから、というだけではなかった。

「……小野田さんってば」

腕を離す。立ち止まり、一呼吸おいてから振り向く。

手首をさすりながら、急にどうしたの? と瀬古さんのきわめて涼しい顔。

いや少し口角を上げ、ちょっと困ったような笑みだ。
< 81 / 179 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop