さまよう爪
瀬古さんが真顔になる。

「それを言うなら俺も、きっと小野田さんが思っているような男じゃないよ」

それは。

「それはそうでもないと思います」

「えー、小野田さんの俺に対してのイメージってどんなよ」

「なんか、やらしい」

「……」

わたしの答えに、瀬古さんががっくりとうなだれた。呻き声が聞こえる。

胸をおさえながら、

「……今、俺の繊細な心(ハート)に亀裂が」

と言った時にはもう、瀬古さんの顔は笑みに変わっていた。苦々しい笑み。

だってそう思ったんだもん。

曲が変わった。

女性の声で、ONE LOVEの後にラッパのような音が流れる。

そこでわたしは音楽にノッている人と肩がぶつかって、ふらりとよろけて転びそうになる。

だが、素早く腰を支えられて瀬古さんに抱き締められるかたちで難を逃れた。

ありがとうございます。とお礼を言って顔をあげれば、どこか熱のこもった瞳と目があってその視線に心地悪くなり、耐えられずに尋ねてみた。

「何か顔についてます?」と。

耳元で囁かれる。

「小野田さんは隙があるから気をつけたほうがいいよ」

俺含めてね。耳の中に吐息が入る。

大音量に流れる音楽よりも近く、鼓膜が刺激され顔がみるみると熱くなっていく。

とりあえず軽く瀬古さんを押し返して距離をとる。

なのに、わたしが何かを話すより早く、瀬古さんの大きな手がのびてきて、まるで捕らえるみたいに、わたしの手に瀬古さんの手が絡みついてきた。
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