さまよう爪
厨房が丸見えでナンだろうか。ステンレスっぽい台には丸くモチッとした生地がいくつも並んでいる。

店員と思しき彫り深く浅黒い肌に、口ひげをたくわえた恰幅の良い、白いシャツに黒ベストと赤ネクタイ、黒のスラックスの男性と、コック帽に白い調理服を身にまとい、木べらを持った男性が母国語を使い、大きな声で話している。

こちらには気づいていないようだ。

喧嘩をしているわけじゃないよねと不安になっているわたしは、

「とりあえず座ろうか」と瀬古さんに促されて
窓のない店の、真ん中あたりのテーブル。空いたその席に向かい合って座る。

派手な赤と白ボーダーのテーブルクロス。

わたしの前、瀬古さんからは後ろの席のスーツ姿のサラリーマン風の男性はもうほぼ料理を食べてしまっている。3分の1のナン。カレーやソースがついた空っぽの小皿。

眉と眉のあいだには縦じわをつくりスマホをいじる。

隣の席はまだ前のお客の皿がテーブルにのっかったままだった。なかなか客入りはいいらしい。

ジャケットを脱ぎ、軽く畳んで隣の椅子へバッグと一緒に置く。

水もこない。
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