さまよう爪
たいして喉が渇いていないのに、また水を飲む。

テーブルに置いたわたしのコップの水はあっという間に空っぽになっていった。

「……瀬古さんってたまに。すごい、人の目をじーって見てきますよね」

猫みたい。

「ああごめん。息苦しい?」

瀬古さんは頬杖をやめる。

スッと長く伸びた首。

細すぎることなく緩くカーブを描く先には出っ張りがある。

所謂、喉仏だ。

首の中央に聳える男性の象徴。

「あ、その」

そこで音もなく店員がわたしのコップに水を淹れにきた。コップの中はまたなみなみに注がれる。

店員が立ち去った後に話を続ける。

「ちょっとだけ」

「もう癖になってるんだよね。これ。俺があまりにも人の目を見ようとしないから元カノがキレて調教されちゃって」

調教。という言葉に瀬古さんの後ろの席のサラリーマン風の男性が、ずっといじっていたスマホから一瞬、こちらへ視線を向けた。

「それを言うならしつけです」
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