さまよう爪
「『人と話す時は目を見なさい! ほら目ぇ!』ってもう強引に。今じゃ見られるより見つめてやれだよ。俺ね、昔はダッサい眼鏡かけて、もさい髪型で。根暗で地味だったんだけど、変われたのは彼女のお陰で。だからさ」

今度のコップの中の水は頭が痛くなるほど冷えていた。歯にしみる。結局少ししか飲めずにテーブルへ戻してしまう。

「マコは俺の女神様なんだ」

……女神様って。

すごいセリフを聞いたような気がした。

ちょっとキモい。

前はそんなよく言ってなかったくせに。

本能のままの何股もするひどい女じゃなかったのか。

マコ。

思いがけず知った、瀬古さんの彼女の名前。

元。だけど。

「俺が大学一年の時彼女は3年の先輩で。すごく綺麗な子だったし、学内で、その、何かと有名になってて」

「誰とでも寝る?」

瀬古さんは、
「そんな直接的な表現しないの」とわたしを軽くたしなめるように言って、続ける。

「ま、そんなわけだから、彼女が、『書くもの、貸して』って頼んできた時には、ついに俺のところまで来たって思ったわけ。だって学部すら違うのによ? で、鉛筆を噛む癖ってあるじゃん。でも、シャーペンでそれをやる人なんて初めてだった。講義が終わって口紅のベットリついたそれを返してもらった時、俺はすっかり舞い上がって。

マコは俺に色んなことを教えてくれたんだ」
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