強引専務の身代わりフィアンセ
「ああ」

「桐生さんがいらっしゃるなら私も挨拶した方がいいでしょうか?」

「その必要はない。少し顔を出すだけらしいし、美和は部屋で休んでたらいい」

「いえいえ、そんな」

 やんわりと拒否しようとする私に彼のきっぱりとした文句が続けられた。

「あまり眠れてないんだろ? 夜もあるんだし、ちゃんと休んどけ」

 会社仕様の口調に、返す言葉に詰まる。すると一樹さんはため息をついて、私の方に歩み寄ってきた。

「どうせもう一泊借りてるし、午後は俺だけ参加すればいいものばかりだから。それに……」

 私の前で足を止めた一樹さんは、確かめるように私の頬にそっと触れた。触れられたことに、思わず一歩引いてしまいそうになる。そのことが原因かどうかはわからないが、彼は整った顔をわずかに歪めた。

「美和が眠れなかったのは、俺のせいだろ? 俺が、無理矢理一緒のベッドに連れて行ったから」

「違いますよ! それは関係ありません」

 まさか彼が責任を感じていたとは微塵も思わなかったので、私は即座に否定した。だったら、なぜ?と彼の顔に疑問が浮かんでいる。

「ちょっと、夢見も悪かったし、考え事もしてて。でも、一樹さんとは無関係のことですから」

 フォローしたつもりが、わざとらしかったかもしれない。なにかを突っ込まれる前に、とにかく私は笑った。

「行きましょう。私、お腹空きました」

 一樹さんは、完全に納得しきれてはいないようだけど、短く同意してくれたので、私は強制的に自分が眠れなかったことへの話題を終了させて、朝食会場に向かうことを促した。
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