強引専務の身代わりフィアンセ
「だって、もうもらったんです。一樹さん、最初に事務所に来たとき、私のことが欲しいから、いくら必要かって聞きましたよね?」

『君が欲しいんだ。いったい、いくら必要だ?』

 あのときは、こんな展開になるなんて夢にも思わなかったけれど。私は懐かしく思いながらも笑顔になった。

「お金はいりません。だって私が一番欲しかったものを一樹さんはくれましたから。好きな人に、愛されるのがこんなに幸せなんだって。その……私を欲しがっていただけるなら、どうぞ」

 最後は照れてしまい、どこか決まらない。けれど、一樹さんはなにも言わず力強く抱きしめてくれた。

「美和は、もっとねだってくれていい。今よりもずっと幸せだって、必ず思わせるから」

 それから、どちらともなく顔を近づけて口づけを交わす。長くて甘いキスに泣きそうになる。そっと唇が離れ、私は彼にたどたどしく告げた。

「両親への挨拶なんですが……せめて結婚前提のお付き合いでいかがでしょう? じゃないとお父さん、きっと倒れちゃいます」

 私の妥協案に対し、一樹さんはイエスともノーとも言わなかった。けれど穏やかに笑ってくれて、その顔にやっぱり見惚れる。

 ずっと代わりでもいいと思っていた。自分の代わりなんていくらでもいるんだって。でも彼は全部、私の蓋をしていた気持ちを汲んでくれる。

 あの川を渡ってくれたときから、彼は私が諦めていたものを一緒に叶えてくれる。やっぱり一樹さんはすごい人なんだ。信じられないような、かけがえのない愛を与えてくれる。だから私も、ずっとそばで応えていきたい。

「ほら、帰るぞ」

 実はティエルナのエキストラをしていたときにIm.Merの商品を想像していたって言ったら一樹さんは、どんな反応をするだろう?

 信じてくれる? 驚くかな?……それとも、今みたいに笑ってくれる?……それは実際に確かめてみよう。

 はい、と答えて左手の薬指を輝かせながら私は彼の元へと顔を綻ばせて駆け寄った。

Ende.
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