強引専務の身代わりフィアンセ
 返事を悩んでいると、なにも言わない私に痺れを切らしたのか、専務の長い指が顎にかけられ、強引に上を向かされた。至近距離にある彼の顔に、思考が停止する。

「本当のことを話してくれないか? このままだと、なにかしら理由をつけて契約を切るぞ」

 まさかの脅し文句にわずかに目を見張った。これ以上、取り繕ってもきっと意味はない。専務は確信を持っている。だから、こんな横暴ともとれる強気なことを言ってくるんだ。

 せっかく、大好きなIm.MerひいてはMILDで働くことができたのに。契約とはいえ社員として義理立てするのは、どう考えてもこちらの方だ。ここまできてティエルナに立てる恩も義理もない。けれど――

「どうぞ。契約を切るなら切ってください」

 静かに私が答えると、今度は専務の方が大きく目を見張った。そのまま彼としっかり目線を合わせる。

「会社愛もなく、紛らわしい真似をしてすみませんでした。事実はどうであれ、私に不信感を抱かれたままなのもなんですし、いつでも契約は切ってください」

 腕の力が緩んだのを感じて、私は軽くお辞儀をしてから、専務の視線を背中で受けて、逃げるようにその場を去った。

 専務は追いかけて来ないし、なにも言わない。今、彼がなにを思って、自分にどんな視線を送っているのかも、想像できないし、したくもない。

 これでいい。私の判断は間違っていない。必死に言い聞かせながら、今日のことをどう両親に報告しようか、と頭を抱えて重い足取りで家路についた。
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