強引専務の身代わりフィアンセ
 怒涛の週末を終えた月曜日、仕事をこなしながらも、私の気持ちはずっと沈んだままだった。いうまでもなく昨日の専務とのやり取りが原因だ。

 専務はどこまで本気なんだろう。ここをクビになったら、次はどこに行こう。でもきっと、どこに行っても一緒だ。決められた範囲で決められた仕事をすればいいだけ。そこに過度な期待も不安も持つ必要はない。

「企画事業部のスタッフから聞いたんだけど、昨日のイベント、うちのブースは相変わらず大盛況だったみたいよ」

 心の中で問答を繰り広げていると、ふと斜め向かいに座る先輩社員たちの話が耳に入ってきた。

「一昨日の企業向けの方でも、数社と新たな契約を結んだみたいだし、ますます忙しくなりそうね」

「これがボーナスにちゃんと反映されたらいいんだけど」

 そう言って彼女たちは笑い合う。やはり自社の業績が伸びるのは、社員としては嬉しいことだ。そう考えると自分の昨日の態度は、事情があるとはいえ、やはり不躾なものだったと反省する。

「でも、昨日のステージでの新作紹介、専務はしなかったんだって」

「えー、もったいない。あれも目玉のひとつなのに」

 そこで専務の話題になったことで、私はキーボードを打つ手が止まった。

「ただでさえ目立つし、嫌になったんじゃない? なんでもステージが始まる前にわざわざどこかに行っちゃったらしいし」

「専務って浮いた話聞かないけど、彼女とかいるのかしら?」

「さぁ? けどああいう人は、それなりの人と結婚するんじゃない? それでもまだ独身でいて欲しいって願ってる女子が多いと思うけど」

 確かにね、ともう一人の先輩が同意したところで彼女たちは再び仕事に戻った。会場から消えた彼と私が会っていたなんて誰も思わないだろう。

 私だっていまだに現実味がない。けれど、ふと左手首に視線をやれば、昨日専務に掴まれていた感触がありありと蘇ってきて、なんだか言い知れぬ恥ずかしさが襲ってきた。
 
 それを振り払うように軽く頬に手を当て、気持ちを切り替える。とにかく今は目の前の書類を片付けることに専念しよう。

 あれこれ考えてもしょうがない。私は営業部からの依頼で回ってきた過去二年分の決算書を作成し始めた。
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