強引専務の身代わりフィアンセ
 電気をつけてから、事務所の中に彼を招き入れ、来客用のソファに腰掛てもらった。私は眠っていた事務所を起こすように、エアコンを入れたり、コーヒーをセットしたり目まぐるしく動き回る。

 専務は事務所内に視線を飛ばしながらも、なにも言わないので、私は立ったまま話を切り出すことにした。

「あの……わざわざ契約解除を伝えるために自宅まで来てくださったんですか?」

「俺はそこまで暇じゃない」

 きっぱりと否定され、私はその場に佇む。目をぱちくりとさせながら専務を見ると、とりあえず座るように促された。これではまるで、どちらがここの持ち主なのか分からない。

 おずおずと机を挟んで専務の前に腰を落とす。

「鈴木美和」

 タイミングを見計らったように、いきなり専務にフルネームを呼ばれ、私は居住まいを正した。彼が私の名前を知っていたのが意外だ。

 いや、わざわざ調べたのか。なにはともあれ、彼の落ち着いた声で名前を呼ばれただけで、なんだか体が熱くなる。さらに専務は、私の目をまっすぐに見て、ゆっくりと口を開いた。

「君が欲しいんだ。そのために俺は今日、ここに来た」

 ……さっきは自分の目を疑ったけれど、今度は自分の耳を疑う。甘さを伴っていないのに十分に熱っぽく、けれど、それを発した専務の表情は崩れない。

 瞬きひとつできずに固まっている私に、専務は息を吐きながら、スーツの内ポケットから、あるものを差し出してきた。ひらりと机に置かれたお札よりも一回り大きいサイズの紙一枚。状況に頭がついていかない。

 改めてどういうことかを尋ねたが、専務からは同じ返事があるだけ。小切手に記された金額がなにを表しているのか。怪訝な顔でじっと専務の顔を見つめる。
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