強引専務の身代わりフィアンセ
 そんなところで契約社員として働けるのは誇らしいことだとは思う。けれど私は実際にアクセサリーに携わることは一切なく、基本的な仕事内容は経理も兼ねた一般的な事務作業がほとんどだ。

 四月からここで契約社員として働きはじめ、もうすぐ三ヶ月。仕事にも大分、慣れてきた。

「お疲れさまです、お先に失礼します」

「はい、お疲れさま。また明日ね」

 ロッカーで着替えて、決まり文句を告げる私に、先輩社員は笑顔で返してくれた。扱っている商品から、社員の割合は圧倒的に女性が多い。

 けれど、私みたいな契約社員でさえ、十分な給与と福利厚生を与えられているので、正社員に至っては言わずもがなだ。おかげで正社員と契約社員の間に、妙な軋轢を生むことはなかった。それは本当に有り難い。

 腕時計を再度確認する。このあと七時から“もうひとつの仕事”の打ち合わせが入っている。時間は十分にあるが、気持ちが焦ってやや小走りになりながらエントランスに向かった。

 そして、その途中で、ある人物が目に入り私は慌てて足を止めた。 

「お疲れさまです」

 相手がこちらに気づく前に声をかけ、深々と頭を下げた。ややあって相手からは、お疲れさま、とあまり感情のこもっていない声が返ってくる。その声はけっして大きくないのにほどよく低くて耳に心地よく響く。

 顔を見たくなくて、見られたくなくて私はその場を必死にやり過ごした。背が高く、モデルさながらの風貌で、顔も十分に整っている。
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