強引専務の身代わりフィアンセ
「あのね、お母さん。何度も言うけれど、専務には本物の婚約者がいて、私はその代行なの。間違いなんてなにひとつ起こらないし、専務はそんな人じゃないんだから」

「はいはい。じゃぁ、お母さんそろそろ行くわ」

 マイペースの母は言いたいことだけ言って去ってしまった。そこで、時計を見れば私も時間がないことに気づく。バタバタと準備を整え、先ほどから手放さずに、そばにおいてある携帯を何度もチラ見した。

 今日のコーディネートは淡いクリーム色のワイルドリープ袖のブラウスに、カーキ色のフレアスカートの組み合わせだ。

 上品さを意識しながら、やや控えめにまとめた。アクセサリーをつけるかどうか悩み、そのままだとコーディネート的にも寂しいので、Im.Merネックレスを身につける。

 個人的に好きなのはもちろん、専務の手前ということもあるし。歓迎会で選んだサファイヤが首元で青い光を放っている。

 スタンドミラーで全身を確認したそのとき、携帯が鳴った。相手を確認する間もなく、事務所にいる父に声をかけて、私は急いで外に飛び出す。やはり暑い。

 事務所の裏手にある駐車場まで向かい、停めてあった車まで一直線に足を進める。近づくと、運転席にいる専務と目が合い、中から助手席のドアを開けてくれた。

「お疲れさまです。今日はわざわざすみません」

 乗り込む前に、自然と会社仕様で頭を下げる。

「言い出したのはこっちだから謝らなくてもいい。乗って」

「お、お邪魔します」

 専務の口調は、相変わらず淡々としていて感情が読めない。助手席に乗り込んで、私は忘れないうちにすぐさま鞄から封筒を取り出した。
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