伯爵令嬢シュティーナの華麗なる輿入れ
何度かシュティーナの視界を行ったり来たりしていた彼が、皿を持ってこちらに向かってくる。シュティーナの胸は再び高鳴った。まだなにも食べていないのに胃の中のものが出そうだった。
(こ、こっちに来る。どうしよう来ないで欲しい……ああでも料理を運んでくださるんだから来て欲しい……わたし、変な顔をしていないかしら)
シュティーナは祈るような気持ちで彼を待った。
「お待たせしました。鮭と春野菜のスープ、鮭の塩焼きです」
テーブルに置かれた皿に、肉厚な鮭と焼野菜が乗せられていた。それと食欲をそそる匂いを立ちのぼらせるスープが置かれた。
「それと、お待ちかねの串肉です」
焼きたての肉から、肉汁が滴り、シュティーナは思わず唾を飲み込む。
「美味しそう……。いただきましょう」
スプーンですくい、ひとくち飲む。口の中に塩味と海の香り、鮭のうま味が凝縮されたスープだった。
「さ、リンも焼きたてを食べて。今日は、一緒に食べましょう」
侍女という立場から、シュティーナが食べ始めるのをニコニコと見ていたリンにシュティーナが声をかける。
リンはナイフを入れて切り分け、肉厚の身を口に運び、頬を抑えて蕩けそうな表情になった。
「ああ、美味しい。お父様とお兄様にも食べさせたい」
「そう言っていただけると、料理人として最高に嬉しいです」
「屋敷ではこういう料理は食べられないもの」
「まぁ。屋敷の彼らも腕のいい料理人たちですよ」
「分かっているわ。屋敷で食べる料理も好きよ」
屋敷の料理が美味しくないわけではない。まずいと思ったことは一度もない。父も兄も美味しいと言って食べているのだから。ただ、こういう気取らない料理はなかなか食べられない。
「港町でしか食べられない料理というのもありますでしょうしね」
リンが青年に話しかけた。彼は笑顔で返す。
「では、ごゆっくり。御用がありましたら声をかけてくださいね」
余計なことを言わずに優雅に腰を折り、彼はまた姿を消した。
(ここにいてお話をしてくださればいいなと思うけれど、忙しそう)
シュティーナは、料理を口にしながら調理場のほうを気にしていた。彼もそう言っていたように、料理人なのだ。店内に女性の店員がいたので、彼女が主に料理を運ぶようだった。このテーブルは例外だったらしい。
「シュティーナ様。この焼き鮭、肉厚で脂が乗っていてたまりません」
リンが、手を付ける前に切り分けていた部分を、シュティーナに差し出した。
姉妹のように思っているから、このような状況だったら、料理を分け合うことをシュティーナは気にしない。毎回、無理矢理連れてくるわけだから、リンにも楽しんで貰いたいという気持ちもあった。
「ふたりで分け合って食べた方が楽しいわよね。このスープも旨味が出ていて本当に美味しい」
シュティーナも皿をリンの方に寄せた。シュティーナはピンク色で少し焦げ目が付いた焼き鮭を、大きめに切って口に入れた。肉厚なのにフカフカとして脂が甘く口の中に広がった。
「はぁ~。幸せ……」
「串肉も、温かいうちに」
「串から直接食べていいのかしら」
「外しましょうか?」
「いいえ。このまま行くわ」
シュティーナは串肉にかぶりついた。こんな風に食べるのは初めてだった。いつも上品にナイフとフォークで小さくして大人しく食べているから。
「ああ、シュティーナ様、大きな口で……」
「おいふぃ~」
リンがナフキンでシュティーナの口のまわりにべったりとついた脂を拭いてやる。串肉にかぶりつくなんてしたことがないシュティーナは、食べ方が下手で、口のまわりを汚してしまう。でも、とてもいい笑顔で食べているものだから、リンは微笑んだ。
「お行儀が悪うございますよ」
その時、例の彼が水を追加しにシュティーナ達のテーブルにやってきた。シュティーナはいま口を拭かれたところを見られていたのだろうかと顔が熱くなった。
「これ、味付けは塩だけって感じですね。それなのにとてもお肉の味が濃くて」
「当たりです。スーザントの塩です」
「地元の食材がいろんな料理になるのですね。とても素敵」
「元々、ここの土地の豚は味がいいですし、シンプルな味付けでじゅうぶん美味しいですから」
(こ、こっちに来る。どうしよう来ないで欲しい……ああでも料理を運んでくださるんだから来て欲しい……わたし、変な顔をしていないかしら)
シュティーナは祈るような気持ちで彼を待った。
「お待たせしました。鮭と春野菜のスープ、鮭の塩焼きです」
テーブルに置かれた皿に、肉厚な鮭と焼野菜が乗せられていた。それと食欲をそそる匂いを立ちのぼらせるスープが置かれた。
「それと、お待ちかねの串肉です」
焼きたての肉から、肉汁が滴り、シュティーナは思わず唾を飲み込む。
「美味しそう……。いただきましょう」
スプーンですくい、ひとくち飲む。口の中に塩味と海の香り、鮭のうま味が凝縮されたスープだった。
「さ、リンも焼きたてを食べて。今日は、一緒に食べましょう」
侍女という立場から、シュティーナが食べ始めるのをニコニコと見ていたリンにシュティーナが声をかける。
リンはナイフを入れて切り分け、肉厚の身を口に運び、頬を抑えて蕩けそうな表情になった。
「ああ、美味しい。お父様とお兄様にも食べさせたい」
「そう言っていただけると、料理人として最高に嬉しいです」
「屋敷ではこういう料理は食べられないもの」
「まぁ。屋敷の彼らも腕のいい料理人たちですよ」
「分かっているわ。屋敷で食べる料理も好きよ」
屋敷の料理が美味しくないわけではない。まずいと思ったことは一度もない。父も兄も美味しいと言って食べているのだから。ただ、こういう気取らない料理はなかなか食べられない。
「港町でしか食べられない料理というのもありますでしょうしね」
リンが青年に話しかけた。彼は笑顔で返す。
「では、ごゆっくり。御用がありましたら声をかけてくださいね」
余計なことを言わずに優雅に腰を折り、彼はまた姿を消した。
(ここにいてお話をしてくださればいいなと思うけれど、忙しそう)
シュティーナは、料理を口にしながら調理場のほうを気にしていた。彼もそう言っていたように、料理人なのだ。店内に女性の店員がいたので、彼女が主に料理を運ぶようだった。このテーブルは例外だったらしい。
「シュティーナ様。この焼き鮭、肉厚で脂が乗っていてたまりません」
リンが、手を付ける前に切り分けていた部分を、シュティーナに差し出した。
姉妹のように思っているから、このような状況だったら、料理を分け合うことをシュティーナは気にしない。毎回、無理矢理連れてくるわけだから、リンにも楽しんで貰いたいという気持ちもあった。
「ふたりで分け合って食べた方が楽しいわよね。このスープも旨味が出ていて本当に美味しい」
シュティーナも皿をリンの方に寄せた。シュティーナはピンク色で少し焦げ目が付いた焼き鮭を、大きめに切って口に入れた。肉厚なのにフカフカとして脂が甘く口の中に広がった。
「はぁ~。幸せ……」
「串肉も、温かいうちに」
「串から直接食べていいのかしら」
「外しましょうか?」
「いいえ。このまま行くわ」
シュティーナは串肉にかぶりついた。こんな風に食べるのは初めてだった。いつも上品にナイフとフォークで小さくして大人しく食べているから。
「ああ、シュティーナ様、大きな口で……」
「おいふぃ~」
リンがナフキンでシュティーナの口のまわりにべったりとついた脂を拭いてやる。串肉にかぶりつくなんてしたことがないシュティーナは、食べ方が下手で、口のまわりを汚してしまう。でも、とてもいい笑顔で食べているものだから、リンは微笑んだ。
「お行儀が悪うございますよ」
その時、例の彼が水を追加しにシュティーナ達のテーブルにやってきた。シュティーナはいま口を拭かれたところを見られていたのだろうかと顔が熱くなった。
「これ、味付けは塩だけって感じですね。それなのにとてもお肉の味が濃くて」
「当たりです。スーザントの塩です」
「地元の食材がいろんな料理になるのですね。とても素敵」
「元々、ここの土地の豚は味がいいですし、シンプルな味付けでじゅうぶん美味しいですから」