リボンと王子様
「……え?」


思わず顔を上げる。

罵詈雑言を浴びせられるか、解雇を覚悟していた私の予想とは違いすぎる言葉。


「……バカ?」


もう一度言われた。

再びハーッと大きな息を吐いて千歳さんはソファの背もたれにグッタリと身体を預けた。


「……あ、あのっ!」


意味がわからず声をかけた私は。

ガバッと身体を起こした千歳さんの綺麗な瞳に、思い切り睨まれた。

秀麗な顔立ちの人が凄んだ顔は迫力がある。



「モノよりも怪我や身体のほうが大事だろ!
たかがそれだけのために、こんな時間まで残業するな!
俺が今日、会社に泊まり込みだったらどうする!」



一気に捲し立てられて今度は私が瞠目した。



「……何やってんの……。
女なんだからもっと自分に危機感もてよ」



その掠れた小さな声に滲む千歳さんの優しさが私に伝わって。

胸がキュウッと何かに掴まれたように痛くなる。



「……どんな深刻な話かと思った……。
心配して損した……」



私から視線を外して彼は片手で顔を覆った。

その声に潜むのは安堵?

千歳さんの姿に鼓動が暴れだす。

体温が急激に上がる。



……心配してくれたの?

私に、何かあったのかと思ってくれたの?

私、ただの『お手伝いさん』なのに?

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