アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~

4



 水葬の儀式を終えて、帰り着いた港。
 もう日の落ちた港に人気(ひとけ)は多くない。
 男たちは皆、宿や酒場や夜町の明かりに消えていく。
 出航する船もこの時間は見当たらず、人の気配も疎(まば)らだった。

 ぞろぞろと、船から船員達が降りていく。
 それぞれ宿をとった者と船の自室へ帰る者、半々だと聞いている。

 アクアマリー号が錨を下ろし接岸した船着き場に、魔法の灯りと人影を船の上から目に留める。
 一番最初に船を降りた船員が何やら会話したかと思うと、そこから伝染するように、人の視線が船を見上げ始めた。
 どうやら誰かを探しているようだ。

「どうしたのですか」

 自分も船から降りて近くに居た船員に声をかける。
 先の航海からの顔見知りである船員が、自分を見てあからさまに安堵と動揺の顔を同時に浮かべた。

「よかった、クオン殿。確か王都所属の騎士殿でしたよね」
「…ええ。そうですが…」

 自分の返事を確認し、それから目線を謎の人影に向ける。

「あちら、王城からいらした使者の方とかで…マオに会わせて欲しいって。今別のやつが、船長を呼びに行ってるんですけど…」

 王城からの使者。
 その単語に心臓が鳴る。

 王都、ひいては城の様子を知っているのだろうか。今の、この国の現状を。

 帰港した際のイベルクの港は、航海に出る前と殆ど変った様子はなかった。
 ましてや城が陥落した、国王陛下が捕えられたなどと言う者は、誰も。
 王都とイベルクは僅かに距離がある。
 正確な情報が欲しい。
 王都の、城の情報が。

 だが直接マオを名指しだというのが気にかかる。
 アズールフェルの脅威は去っていない。マオはまだ狙われて然るべきだ。
 こんな人だかりの中で堂々と真正面から攫いに来たとは考え難いが、警戒はすべきだろう。
 本当に王城からの使者とも限らないのだ。 

 頭では冷静にそう考えながら、ほぼ無意識に早足でその人物のもとへと歩み寄っていた。
 今はとにかく何でも良い。身分の真偽はこの目で確かめれば良い。
 わざと大きく靴音を鳴らし、目深にフードを被ったその人影の前で歩みを止める。
 
「王城より来られたと伺いました。自分は今は事情により任を離れておりますが、王都仕えの近衛騎士、クオン・アーカインと申します。差支えなければお名前を――」

 その言葉を最後まで言い終わる前に。
 フードの隙間から、さらりと覗く金色の髪。見覚えのあるその鮮やかな色と、この気配。
 は、っと。ここまで来てようやく。

「……リシュカ殿…?」
「…早々に会えて何よりです、クオン。あの娘はいますか」

 返事の代わりに早口に、要件を伝えるその相手は、間違いなくリシュカ殿だった。
 どうしてこの人が。城で殿下の傍を決して離れることのないこの人が、何故ここに――
 それに、じんわりと全身を焼くような、この得体の知れない魔の感覚。ここまで来て漸く気付いた。
 何か、居る。
 そっと、視線をリシュカ殿がその背に庇う人物に向ける。
 まさか――

「…顔を合わせるのは久しぶりだな、クオン。連絡する術がなく、今は事情を説明する時間も惜しい。マオをすぐに呼んできてくれ」

 ――殿下。ジェイド様…!

 口からそう出かかった言葉を、なんとか喉元で押し留める。
 身分を明かしては混乱を招くだけ。だから王城よりの使者と名乗ったのだろう。
 
 思わず口元を押える自分に、ジェイド様は懐かしい笑みをそっと向ける。
 僅かにフードを持ち上げて、しっかりと自分の無事を伝えるように。

 一国の主が城を離れて身分を隠し、今ここに居る理由は分からない。
 この国の現状は、おそらく自分が想像する以上に最悪だろう。
 それでも。
 生きていた。無事だった。
 今はそれだけですべてが報われる気がした。

 その姿は、呪いを抑える為の仮の姿ではなく、本来の姿。
 つい先日、戴冠式で全国民にはその姿を晒したばかりだ。あまり長居しては流石に気付く者も出てくる。
 本当に、火急の用事なのだ。マオへの――

 ぐ、っと小さく拳を胸元で握り、改めて姿勢を正す。

「分かりました。今すぐに――」
「待て」

 潜めていた会話に無遠慮に割って入ったのは、レイズだった。
 その、刺すように鋭い藍色の瞳。
 得体の知れない人物が、マオあてに来たという。彼からしたら最悪のタイミングだろう。

「そう易々と、大事な仲間を素性の分からないヤツに会わせられない。まずは面を見せて名乗れ。それが礼儀だ」

 レイズは、例え王城から来たという肩書にも、決して怯まない。そんな人物はこの船でレイズぐらいだろう。
 周りの船員達が顔を蒼くして諌めるも、レイズは詫びる気も退く気も見せず、船との間に立ちはだかる。
 この男に説得は通じない。それを知っているからこそ。
 おのずと体が臨戦態勢をとっていたのが自分でも分かった。

「…レイズ、私の知っている方です。敵ではありません。保証します。今は、時間が――」
「そんなの知るか。俺はこの船の船長として、船員を守る義務がある。例え相手が誰であろうとだ。名乗れ。それからだ」

 レイズは、ひかない。
 その様子にリシュカ殿が眉根を寄せ苛立ちを滲ませる。
 目の前には自分の仕える主が居る。その主がこの差し迫った状況で、危険を顧みずにここまで来た。
 それを、この男は。
 無礼な態度を改めようとも、自分の言葉を信じようともせず。

「…いい加減にしてください」
「…なんだと?」
「船長として? 都合の良い言葉ですね。公私混同も甚だしい。あなたはただ単純に、これ以上マオに誰も近づけたくないだけでしょう。マオはあなたの所有物ではありませんよ」
「……もう一回。言ってみろ」

 その、分かり易いほどに沸き立つ殺気が。自分に向けられる。それを真っ向から受けて立つ。

「何度だって言って差し上げますよ。マオは、あなたのものではありません。その独占欲は、せめて船の上でだけにして頂きたい」

 その次の瞬間。
 刃物のぶつかり合う音が甲高く夜の港に響いた。

 互いがほぼ無意識に剣を抜いていた。
 大きく払って、再びぶつかる火花。
 ざっと人だかりが数歩退き、自分たち二人から距離をとる。
 リシュカ殿がジェイド様を背に後退するのが視界の端に映った。

 ざわざわと、周りで様子を見ていた船員達が制止の声をかけるも届かない。
 それに混じって面白がるようかのような野次馬の囃し声と、呆れるような溜息と、いい加減にしろと怒る声。
 まるで祭りの見世物になったかのよう。
 剣を振るう男が二人。虚空の夜空に幾度もぶつかる金属音。互いの本気がぶつかり合う。

 長いようでそれはほんの一瞬。
 剣を先に欠いたのは、地面に膝をついたレイズだった。

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