元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
信号を送り終えたあとも、エカベトは沈黙を保っている。そろそろ一時間が経ってしまうのに、何の返事もない。
「交渉決裂か。俺の出番だな」
ライナーさんが腕を捲る。ベルツ参謀は腕組みしたまま難しい顔でため息をつき、アドルフさんは操舵輪を部下に任せ、今も信号が聞こえて来ないかと耳を澄ませている。
「ギリギリまで待ちましょう」
懐中時計を取り出し、時間を確認する。あと五分ある。三分、一分……。
結局何も音沙汰がないまま、一時間が経ってしまった。
「仕方ない。アドルフ、ボートは用意できたか」
「できてますけど……本当に行くつもりですか?」
心配そうにレオンハルト様を見つめるアドルフさん。同じく私、ライナーさん、ベルツ参謀。
皇帝陛下直筆の書面で自分の肩を叩きながら、レオンハルト様はあっさりうなずく。
「こうしてたって何も進展しないだろ」
「攻撃すりゃいいだろ。何発かぶち込んでやれば、降伏するって」
ライナーさんがイライラした表情で怒鳴るように言う。
「いや、あっちから攻撃してくるまでは手を出すな」
レオンハルト様は頑なに無益な戦闘を拒否する。
「ではせめて、武器をお持ちください。甲冑も着ていった方が……」
ベルツ参謀が進言するも、レオンハルト様は首を横に振る。
「武器を持っていったって、取り上げられるのがオチさ。もし海に落とされたときのために甲冑も遠慮しておく」
レオンハルト様が甲板を歩く。船首から甲板の真ん中ほどまでくると、船の右脇腹に用意されているボートに手をかけた。