元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
レオンハルト様が呟いた。隊列を眺めていた視線を前方に送ると、水平線の向こうから黒い点がぽつぽつと現れ始めた。
「エカベト軍……」
敵軍の船だ。灰色の雲が多くなり、風のせいか大きく波を打つ水面に、円状の模様が浮かび上がる。
「ちっ、雨かよ」
足元から忌々しげなライナーさんの舌打ちが聞こえてきた。
「視界が悪くなりますね」
「ああ。まあこれくらいなら大丈夫だろ」
そうなのかなあ。雨は小雨という規模で、嵐にはなりそうにない。悠然としたレオンハルト様の言葉を信じることにしよう。
黒く塗られたエカベト軍の艦隊が、横に広がっていた隊列を紡錘形に集中しながら、猛然と近づいてくる。一番大きな船は最後尾にいるようだ。
「そろそろだ。ライナー、準備はいいか」
「いつでも!」
レオンハルト様の顔には焦りとか緊張といったものは浮かんでいない。その代わり、勇猛な神が宿ったようにアンバーの瞳が夜空の恒星のような輝きを放つ。
彼が長い右腕を上空に上げる。ライナーさんの部下たち、ずらりと並ぶ大砲の砲手たちが息を飲む音が聞こえてきそう。
視界が黒く染まっていく。エカベト軍の船がこちらの船首に肉薄してきた、そのとき。やっとレオンハルト様が右手を下ろした。