鬼の生き様

「切腹という事にしといてやる」

「切腹なんて、芹沢さんが許すわけがねえ。
壬生浪士組の筆頭局長、芹沢鴨が許すわけが…ねぇ」

新見は刀を抜こうと腹に手を添えたが、歳三は抜かさぬように手を抑え込んだ。

「切腹は…ハナっから芹沢さんの願いだ。
芹沢さんは、水戸天狗党で何も成し遂げられなかった自分にひと花咲かせようと、自らの手を汚させてしまった新見さんの事を、悔やんでいるとともに感謝していた。
最期は武士らしく切腹させてやってほしい、というのが芹沢さんの願いだ」

「……そんな事、芹沢さんが言うわけねぇ……、嘘だ!」

「往生際が悪いぜ!」

と左之助は一喝すると、新見は目をしばらくつむった。

「こうなったら仕方がねえ。
新見さん、武士らしく…死んでくれ。
……芹沢さんの為にも」

新見の頭の中には、本物の兄のように慕っている芹沢鴨の姿があった。

「ハハッ…すまんな。
みっともねぇところを見せてしまった」

新見の顔は穏やかになっていた。
血が出過ぎた。どの道、もうこのままでは助からないだろう。

「土方歳三、介錯を仕ります」

「最期ぐれぇ頼みを聞いちゃくんねえか…。
介錯は山南さんに頼みてえ。
俺は土方を殺そうとした男だ……、そんな土方に斬られるよりゃ、山南がいい」

山南はしばらく悩んだが、承知。と言い放ち、山南は改めて新見の左斜め後ろに立ち、刀を八相に構えた。

「……手間を取らせたな。
武士として腹を切ることとは、戦さ場にて死ぬことと同じく、何よりの誉れだ。
このまま、介錯されるだけでは扇子腹(せんすばら)と何一つ変わらん」

 江戸中期になると、短刀の代わりに扇を三方に置き、それに手をかける瞬間に介錯人が首を切り落とす切腹が主流となっていた。
切腹人の苦痛軽減のためであったほか、複雑な切腹の作法を知らない武士が当時は増えたためであり、扇子腹は武士にとっては不甲斐ない死に様である。

「ただ斬られても何も言えないこの俺に、機会を与えてくれた芹沢(兄貴)に申し訳が立たねえ……。
山南ッ!俺が声かけるまで刀をおろさんでくれ」


「かしこまりました」


再び山南は、柄をグッと握った。
まさかこの手で同志を斬るとは、それがどれほど辛いものかを確かに感じている。

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