鬼の生き様

 江戸、神田於玉ケ池に着く頃には、昼時になっていた。
石田散薬、虚労散薬の午前中の売り上げは好調であった。
昼を過ぎたら、道場に出向こうと考えながら昼餉は蕎麦と決め、蕎麦屋へと入った。

初めて入る店であったが、落ち着いた雰囲気を歳三は気に入った。
好々爺な主人が一人で営んでいるらしい。

 暖簾をくぐり主人が出てくるのを待っていると、後からやって来た一人の浪人が慌てて入ってぶつかった。

「チッ、薬屋風情が」

浪人は歳三を睨み付けると、蔑んだ目で歳三を見た。
歳三は無駄な争いはやめようと言い返さずに席に着いた。

「せいろ」

歳三が注文した後、すぐに浪人も注文をした。

「親父ィ!せいろ蕎麦!
時間がない、今すぐに出来るか?」

「へい」

浪人の声が聞こえる。
どうやら何かに苛ついているのか、せっかちなのかは分からないが急いでいるらしい。

「まだか!」

まだそう時間は経っていない。
浪人は苛つきを見せ始めていた。
店は混んでいる。

「ええい、遅い!
すぐに出来ると言ったではないか!」

浪人の怒声が聞こえ、歳三は苛々していた。
他にも待っている客は大勢居るのだ。

「大人しく待てないのか」

思わず声に出してしまった歳三は、やれやれとため息を吐いた。
浪人は立ち上がった。

「今なんと言いましたかね?
私は今すぐに出来ると言うから頼んだんだ。
あなたのように暇ではないんですよ私は!
いいですか?私は急いでいるのだ。
だから米よりも早く食べ終われる蕎麦を選び、この店へと入った。
一刻も早く店を出て行かねばならない理由があるのです。
文句を言うのも仕方ないでしょう」

浪人はそう言うと、ギロリと歳三を睨んだ。

「よく喋る奴だなぁ」

歳三は呆れ顔でそう言うと、浪人は鯉口を切ると、歳三は咄嗟に飛びのいて、つづらから竹刀を取った。


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