生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「アレの迷言集全部聞く? 一晩かかるけど?」

「一国の王子、最早アレ扱い」

「アレはアレで十分よ!」

 イラッとした口調のまま、リーリエは舌打ちする。その姿に公爵令嬢らしさなど最早ない。

「"劣等種を貰ってやる俺様に感謝しろ"ってアレが宣いやがったときは、"はぁ? 頼んでませんけど? 私が劣等種ならお前ただの脳筋だろうが。首洗って出直してこい、この脳筋が!" っと言い返しましたし」

「うん?」

「"お前のような劣等種など、秒で捻り潰せる。権力の前に跪け"と、おっしゃったので、公正証書起こして制約魔法で不敬罪にならないよう縛った上で、宮廷魔術師立会いの下、公式行事で魔術式行使しまくってフルボッコにしてやったわよ。見下してた相手に得意の魔術分野でボロ負けして、恥かかされたらそりゃいくらアホでも自分の立場に気づくわよね? 気づいて欲しかった!」

 ぐっとこぶしを握り締め、苦しそうに言葉を吐き出す。

「……マジでやったの?」

「やったわ。しかもアレのデビュタントの時に」

「絶対やったらダメなやつ」

「分かってる。でもどうしても我慢ならなかった」

 リーリエは遠い目をして、盛大にため息を吐く。

「わっかりやすいハニートラップに引っかかって国家機密漏らしかけたとき諌めたら、"モテる男が女を侍らせて何が悪い? 嫉妬など見苦しい"とおっしゃるので、アレに愛情などカケラも持ってなかった私は匙を投げました。他の女性の残り香纏って毎回公務に来る婚約者とかもう、生理的に無理!」

 ふふふふふと乾いた笑みを漏らすリーリエの目は据わっており、ばんっとこぶしを机に叩きつける。

「何一つ役に立ってないくせに、なんであそこまでプライドエベレスト級なのかマジで意味不明なんだけど、個人的にはドSキャラとしても毒舌キャラとしても中途半端なのが1番許せなかった」

「そこ? それだけ色々あってそこなの!?」

「控えめに言っていつも死ねばいいのにって思ってたわ」

「控えめで死ねばいいのにって」

 実際には殺せないが、脳内では何度殺したか分からない。

「何をどうやればあそこまで勘違いした生き物が出来上がるわけ? マジでない」

 積年の恨みをこれでもかと言わんばかりに吐き出したリーリエに、ルイスとテオドールは苦笑するしかない。

「そんなわけで、殿下には嫌われている、というか恨まれているハズなんだけど、行く先々で付き纏われたり絡まれたり、本当に鬱陶しい。なんなの? あの粘着質。あれだけやられてもへこたれないアレの私に対する執着心はどこからくるの?」

 いっそのこと無視してくれた方が精神的な負担は軽減されるのだが、あちらから来る以上対応せざるを得ず、仕方なく相手にしていた。
 ほぼ塩対応で返り討ちにしていたが。

「とまぁ、そんなアレのアホな片鱗が既にあった10年前、賢者の石の魔法陣の存在が殿下の耳に入ってしまったと知った以上、あのアホから魔法陣を守る必要があった。頭アレでも魔力量はバリ高だし、興味本位でやらかしかねない」

 当時8歳だったリーリエに取れる手段は限られていた。
 いっそ燃やしてしまえばと思ったが、大賢者の魔力が込められた魔法陣が普通の火で燃えるはずもなく、辛うじて封印魔法を施し、場所を移せただけだった。
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