生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

19.生贄姫は家族を語る。

 目の前に座るリーリエは昼間とは違い、華やかな装いをしていた。
 蜂蜜色に戻した長い髪は腰の辺りまで緩く伸びており、落ち着いた赤色のドレスはシンプルだがリーリエによく似合い、彼女の品の良さを引き立てていた。
 流れるように美しく食事を運ぶ所作はマナーのお手本様で、どこから見ても上流階級の令嬢そのものだ。
 この令嬢が騎士団に混ざって傷だらけになりながら訓練し、副隊長と剣を交えていたなんて、一体誰が信じるだろう?

「旦那さまに見つめられるだなんて、照れてしまいますね」

 テオドールに笑いかけながらリーリエから紡がれる声は優しい音色で、まるで歌うように零れ落ちる。

「ご機嫌だな」

「そうですね。連日旦那さまがお屋敷にお戻りですもの。嬉しくないわけがないじゃありませんか」

 ただでさえ今日は幾人にも”リーリエを蔑ろにするな”と小言をもらったというのに、リーリエに満面の笑みでそう返されてはテオドールとしては気まずさが増すばかり。
 誤魔化す様にそんな気持ちを白ワインとともに流し込んだ。

「ふふっ、私は果報者でございますね」

 テオドールを見つめる翡翠色の瞳は優しく穏やかで。
 そんな視線になれないテオドールは、自身の目線を手元に落とした。

「いつ戦火が広がるか分からない敵国の、妻を蔑ろにする男に嫁がされたのにか?」

 自嘲気味に白ワインを煽るテオドールを眺めながら、リーリエは必死に表情筋を駆使して微笑を保つ努力をするが耐えきれず、口元を抑えてそっぽを向き肩を震わせる。

『ちょっと拗ねた顔をしてそっぽを向くとか可愛いかよ!? ダメだ、ニヤニヤが止まらない』

 ここが画面の向こう側かちょっと離れたところから観察する第3者視点なら思いっきりニヤニヤしながら床をダンダン叩いて好きすぎるって絶叫するのに、などと言えるはずもなく。
 動画と静止画撮影できる機械を発明できる人材を早急に発掘せねばと脳内でやることリストに追加した。

「リーリエ?」

 必死で耐えるリーリエを不審に思ったテオドールが声をかける。

「申し訳ございません、旦那さま。そして生きていてくださって本当にありがとうございます」

「なぜそんな話になった!?」

「いえ、本当に今日も幸せをありがとうございます」

 一通り肩を震わせて涙目になった彼女は心底幸せそうに笑ってそういった。
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