クールな御曹司の蜜愛ジェラシー
 私たちが飲みにくるのは、いつも街中にあるちょっとお高いお洒落なバーだ。金曜日の夜だけあって、店内はなかなか混んでいる。

 就職した頃、弘瀬先生に連れてきてもらったのが最初だったかな。『学生に会うと、なにかと面倒だから、こういう場所を知っておくのは大事だぞ』と先生は笑っていた気がする。

 ラテン系の心地よい音楽が流れる店内は入口近くにカウンターがあり、奥に個室風のテーブル席が並んでいる。私たちはもっぱら、カウンター席に座るのが定番だ。

 私はカシスグレープフルーツ、一馬はジントニックをそれぞれマスターに注文した。弘瀬先生よりもやや年上だという六十代のマスターは顎髭を生やし、眼鏡をかけて優しい笑みをいつも浮かべている。

「来年度のゼミ選抜で悩んでいる」

 軽く乾杯をしてお互いを労ったところで、一馬が重々しい口調で告げた。

「来年から二回生だっけ?」

「そう。いや、もう学生との距離の取り方がわかんねぇー。とくに女子! 本当に難しいわ」

「モテるのも大変ですね、先生」

 静かに返すと、一馬は不満そうな顔でこちらをじろりと睨んできた。

「茶化すなよ、マジで悩んでんだって。連日研究室に別々の女子グループがやってくるんだぞ!? ま、半分は桐生のことを聞いてくるんだけどな」

 ここで幹弥の名前が出たので、私はグラスを持つ手が一瞬震える。一馬は気にする素振りもなくポケットから煙草を取り出して、一本取りだすとおもむろに火をつけた。

 先端が赤く灯り、ゆっくりと口から煙が吐き出される。私は眉をしかめながらも、なにげなく幹弥が吸っていたものと、匂いが違うことに気づく。そんな自分にさらに顔を歪めた。
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