クールな御曹司の蜜愛ジェラシー
 凍てつく空気が喉を掠め、一瞬声にするのをた躊躇った隙に幹弥の方が先に口を開く。

「心配しなくても、彼女の迎えは用意させてる」

 私の心中なんてお見通しらしい。出端を挫かれた気もするけれど、ほかにも彼には言うことがある。

「なんなの? もう話すことなんてないって言ったでしょ」

「優姫にはなくても、俺にはある」

 足を進める幹弥にぶつけるように言うと、端的に返され、彼は停まっているタクシーの列をさっさと目指す。私は掴まれている手を引いて、抵抗を試みた。

「離、して」

 徐々に掴まれている箇所が痺れてきた。そこで、ようやく幹弥がこちらに顔を向ける。

「優姫も俺の言うことを聞かないんだから、俺だって聞く必要はないだろ。本気で嫌なら、ここで叫ぶなり、誰かに助けを求めればいい。必死で逃げてみれば? “いい子”の優姫には難しいだろうけど」

 皮肉たっぷりの笑顔と言い方に私は足を止めた。

「……わかった」

 小さく言い放った私の言葉に、幹弥も立ち止まった。人の流れがある中で、迷惑なことかもしれない。金曜日の夜は人通りも多い。けれど、私が思うほど周りは他人に興味がないのかもしれない。

 私は彼の目を見て、次は聞こえるように告げた。

「ちゃんと話を聞く」

 でも、それは私がいい子だからというわけじゃない。幹弥に気を使ったわけでもない。全部、私の意思だ。

 タクシーで幹弥のマンションに向かい、彼の部屋に着くまで、私は一言も話さなかった。その間、幹弥は私の言うことを信じてないのか、いくらか力は緩んだものの私の手を離さないままだった。
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