過保護な御曹司とスイートライフ


「はい。受付の鈴村です」
『ああ、ちょうどよかった。第一会議室の片付け頼めるか?』
「わかりました。今から向かいます」

ガチャリと受話器を置いてから、席を立つ。
一応、会議室などの片付けは交互で行くのが暗黙のルールだから、矢田さんに声をかけてから受付を抜ける。

濃いグレイ色をしたスクエア型のタイルが敷き詰められているフロントや通路を歩くと、ヒールがカツカツと音を立てる。

大企業に勤めている、ということを福利厚生の面だとか出社する度に圧倒される本社の大きさだとかでも意識するけれど。

こうして、光をキレイに反射するほど磨かれているタイルの上を歩くときもそうだった。自然と背筋が伸び、少しだけ胸の奥がワクワクする。

たいした仕事はできていないけれど、ピンと張りつめた仕事の空間はとても好きだなぁと思う。

……なんて。私がたとえ、どれだけそう主張したところで、それもあと一年も味わえないんだろうけれど。

『家事もなにもできないまま嫁がせるわけには行かないだろう。そうだな、半年から一年は花嫁修業に打ち込みなさい』

先月ごろ、父親から告げられた言葉を思い出し、小さく息をつく。
相変わらず私の意思なんて関係なくて、でも今さらそこに疑問を抱いて反発することもできなくて、結局受け入れることしかできなかった、あの言葉。

それは、まるで私の未来を摘むように胸の真ん中に打ち込まれたまま取り出せていない。

エレベーターで五階に上がり、すれ違う社員に挨拶しながら第一会議室前までを歩く。そして、ドアの前で足を止め、三回ノックする。

「どうぞ」と声が聞こえてきたのを確認してから、ドアを開けた。



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