いちばん、すきなひと。
刷り込み
期末テストは、夏と同様の結果だった。
可も無く不可も無く、だ。

そしてまた、三者面談で
同じ話題を繰り返す。
不毛な時間だ。

近くのショッピングモールや駅前のクリスマスイルミネーションやBGMが
耳障りになってきた。

何故皆はそんなに楽しそうなのだろうか。
「悩んでもしょーがないからじゃないの?」
ユキはあっけらかんと答える。

「……ユキは何とも思わないの?毎日が楽しいとか腹立たしいとか」
私の質問にケラケラとユキは笑う。
「思わないよー、そりゃね。彼氏がいたらもっと楽しいだろうなぁって溜息程度の気持ちはあるけど」
「そうか。彼氏がいたら違うよね」
私の頷きに妙な声が入る。
「……麻衣、ひょっとして寂しいんじゃ?」
「はい?」
隣に居た加奈の思わぬ発言に、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
昼休みの教室。
飲みかけていた紙パックのジュースが器官に入ってむせる。

「だって彼と別れてもう1年以上経ったワケでしょ?改めて一人を痛感してるんじゃないのー」
「……それは断じて、ない」
私は何事もなかったかのようにお弁当をつついた。
部長と別れて、そういう存在の人の有り難さは痛いほど分かる。
だけど。そんな事じゃない。
「それなら昨年の冬も一人だったしね。」
私はふてくされるようにそう言って、ごちそうさまとお弁当のフタを閉めた。

「なんかさ、どっちかの人間なのかなって思った。」
「何が?」
美羽が私の言葉に首を傾げる。
「将来の道がある程度定まっていて、そこに満足してる人か……何も決まってないけど、そんな事はどうでもいいじゃんって思える人。クリスマスもそうだけど、毎日を楽しめるのってそういう人種かと」
「それ、大多数の人だと思うよ」
ユキが紙パックをつぶしながら意見する。

「だって、麻衣みたいにやりたい事がある人のほうが少数なワケで。何も思わない子は普通にそれなりの大学行ってそれなりにやればいいかって思ってる。ごく一握りは、ちゃんと自分はやりたい事があるからそこに向かうんだって走ってる人もいるだろうけどさ。」
潰した紙パックをゴミ箱に捨てて、続ける。

「自分の身の程に合わせた所に目標を置いてる人と、目標に向かって一目散に走ってる人は現状に満足してるから毎日楽しめるんだよ。そこから離れる人ほど追いつめられるんじゃないかな」
「…………」
私は。
きっと、自分の進みたい方向に自信がなくて。
しかもそれを応援してくれる人が側にいなくて。
だからなおさら迷うし、悩む。

「なんかムズカシイ話だねー」
美羽が両手を上げて伸びをする。

「麻衣はさ、ホントのところどうしたいの?」
イライラしてる原因は、分かってる。
きっと、ユキもそう気付いてる。

「進路はねー思うようにいかないんだよねー……」
「美大だっけ?希望」
「私だけ、ね。センセーと親は普通に進学しろって思ってる」
「ナルホド。どうしてなんだろうね」
「親は美大には大金が要るってさ。センセーは自分の生徒がイイ大学に進学するほうがハクが付くんじゃないの?」
「美大だって立派な大学なのにね」
うんうん。と皆で頷く。

「なんかさー、まだもう一年あるのにレールを決めて歩かなきゃならないのが窮屈で」
私はお弁当箱を鞄にしまい、飲み干したジュースのパックをユキと同じように潰した。

「決めつけなくてもいいんじゃない?そこそこの大学進むつもりで過ごしておいて、美大も受ければいいんじゃないかな」
「だよね。もうちょっと色々調べたほうがよさそうだし」
少し、元気出た。
くだらない事でも、聞いてもらえるとスッキリする。
友達って助かる。

「明日くらいは進路指導室覘いてみようかなー」
独り言のようにそう言った時。

「みやのっちー!」
廊下から自分を呼ぶ声がした。
誰か、なんて考えなくても分かる。
瞬時に振り向く。

「なに?」
文化祭ぶりに聞くその声に、本当は動揺していたのだけど
ここは教室だ、何もないように自然なそぶりをする。

「オマエ、今度から英語の授業Aクラスだろ。上がったな」

「あ、そうだ。そうそう。ドウモアリガトウ」
棒読みのような適当な返事を返しておく。

この学校は、英語の授業は実力別に別れている。
上位から順にA、B、Cと振り分けられるのだ。
学期末のテストの成績で、クラスが毎回編成される。

下位クラスは基本的な事をふまえて進める。
上位は基礎は出来ているものとして、応用を中心に進める。
使用するワークは皆同じなのだが、進み方も違えば解説の内容も少し違う。
もちろん、Aクラスはワークに加えて応用のプリントなども進める。

私は一年の時に英語につまずき、Cクラスから始めたのだ。
学年の順位は他の教科でカバーしていただけなのだ。
けれどもCクラスの先生はとても素晴らしく丁寧な教え方で。
私は今までのつまづきを全てそこで理解した。
そうなると英語も楽しくなる。

理解した途端、成績はグンと上がり、昨年の終わりはBクラスに上がった。
そして先日のテストで、Aクラスに昇格した事を担任から聞いていた。
それにしても情報が早い彼に驚く。

「そこで、だ。次の授業英語だろ。オレも同じAクラス。」
ふむ、と私は頷く。
彼は入学からずっとトップだ。そりゃAクラスだろう。

「ワーク見せて」
「なんでやねん」
思わず変な関西弁で彼をはたいてしまった。

「授業の始めにワークのチェックあるんだよー今からやるの大変だから」
「アンタなら自分で解けるでしょ。松田じゃあるまいし」
「頭使うより手ェ動かすほうが早いじゃん。な、ちょっとだけ」
「なんでクラス上がったばっかの私に言うわけ?間違ってても知らないよ」
「みやのっちがやれば出来る子だってのは分かってるって!じゃ間違ってたらオレが直しておくべ」
何その条件。
ちょっといいじゃん……間違い探してくれるんなら。
イヤ違うそうじゃない。と、首を振りつつ。

結局、この押しに負けてしまうのだ。
情けない。

「っしゃ!じゃ次の授業始まったらすぐ返すからーー教室でな!」
彼はそういって私のワークをかっさらい。廊下を走っていった。

「……相変わらずだねー野々村は」
後ろで一部始終を見ていたユキが呆れた顔をしている。
「だねーホントに返してくれるのかなぁ……しょっぱなから怒られるとかイヤだわ」
「麻衣も相変わらず野々村には弱いんだねー」
「癖なんだよー中学からの」
ニヤニヤと言うユキにそう言い訳して、気付いた。

そうだ。きっとこれは
過去に刷り込まれたもの。
とある感情と共に。


これはいつまで続くんだろうか。


なんにせよ。
今日から英語の授業だけ
彼の姿を見られる事が少し嬉しかった。
些細な共通点でも
ほんの少しの繋がりでも
今の私にはとても有り難いものだった。


何の予定もなく面白くない冬休みが
もうすぐやってくる。
だけどーーとりあえず今のところは
年明けにも授業で会えるという希望がある。


今の私を支えるものはただ、それだけだった。
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