いちばん、すきなひと。
そしてまた、時が過ぎる。
冬休みなんて、大晦日と正月の為にあるようなモンだ。
部活動なんてそれらしくする間もなく、年が明けて学校が始まる。

毎年、大晦日になると
中学三年の、あの初詣を思い出す。

それ以来、友達と初詣にすら行っていない。
そして今回も例に漏れず。

美術部の活動もわざわざ新年早々やる気にもならず。
学校が始まってからでいいだろうという結論になった。
それはそれで暇になって、つい怠惰な生活を送り母にたしなめられる。
「アンタ、今年は受験生なんだからもうちょっとちゃんとしなさい」

ちゃんと、って何だろう。
特に勉強に困る事もない。
身だしなみも年頃並みには気を使っているつもりだ。
家にいる時くらいダラけてもいいだろう。
むしろそれくらいしないと疲れてしまう。

いちいち母に反抗する気も起きず、とりあえず図書館へ向かって体裁だけ保とうと思いつく。
そういえば三年前もこうして。
カタチだけ受験生を気取っていた。
何も変わっていない事に気付く。

そう、いくら外見を変えても
結局中身は何も変わらないのだ。


図書館へ自転車を止め、自習室の扉を開ける。
本を借りに来る機会はこれまでにも何度となくあったが、この部屋へ入るのはーーあれ以来。

あの時は周りの人たちがとても大人に見えた。
そこに、自分がいるのだ。
不思議な感覚に陥る。

あの時憧れていた『少し大人』に
私はなっているのだろうか。
イザその時になってみると何の実感もない。

部屋の片隅で楽しそうにしている可愛い子たちが目に付く。
きっと、あの時の私達と同じーー

いいな。
純粋に、そう思った。
あの時はただ、楽しかった。

「おー、珍しい人がいる」
後ろからボソっと声が聞こえて、思わず振り返った。

「オッス。」
彼は片手を上げて挨拶をする。
「……おっす。」

どうして。
どうして彼はいつも

そう思うのは、私だけなんだろうか。


「野々村は、勉強?」
「他に何しにここ来るんだよ。」
「……そだね、ごめん。」
あはは、と笑って誤摩化して。
動揺を隠した。

素直に、嬉しいのだけど。
それを顔に出せないのは持って生まれた性格だろうか。

「みやのっち、一人?」
「そう。ヒマで仕方なく」
「ふーん、相変わらず呑気だな」
「……人を何も考えてない人間のように……」
何も知らないクセに。
私のことなんて。

突然振って沸いた苛立ちに、これは八つ当たりだと気付く。
握っていた拳を、無理矢理緩める。

私が勝手に、コイツに期待してるだけ。
思ったとおりの反応じゃないから、こうして靄がかかるんだ。

彼は、ただの友達であって
私の何でも、ない。
これはただの、いつものくだらない会話。
学校じゃない場所だから、変に構えただけだ。
自分にそう言い聞かせて、平静を保つ。

そんな私の内心なんて知る由もなく
彼はいつものペースだ。

「みやのっちはどこ受けるか決まってんの?」
「うーん微妙。興味ないから決まらないや」
「興味ないとかホントおまえって……」
野々村は呆れた顔で私を見る。

「あ、あれだ。オマエ美術系か。だから余裕」
突然思いついたようにそういって、私の鼻を指で押した。
不意の攻撃に思わず後ろへ一歩下がってしまうが。
手でそれを払いのけて反論する。
「美大志望だから余裕とかバカにすんなっての。それなりに色々あるんだよ」
へぇ、と意外そうな返事をしていたが
「お互い色々あんだな」
まとめやがった。

「……アンタこそ、こんな事しなくても余裕でしょうに」
「んな事ねーよ。手ェ抜いて躓いたら一生後悔するからやってるだけ」
今度は私がふーん、とそっけない返事になってしまう。

これでお互い様だろう。

「思い出すな、中学の時」
野々村が、さきほど私が見ていた中学生とおぼしき集団を顎で示す。
「……だね。懐かしい」
「あれからもう三年かー早いなー」
「うん……」

同じ事考えてた。
そういうちょっとした事で、あったかくなる。

そういえば。過去を思い出してつい疑問に思ってしまう。
「……野々村って、一人で来たの?」
「んにゃ」
彼はそう言って。チラリと奥の席を見た。
私はつられてそこに視線をやる。

息が、止まりそうになった。


可愛い、女の子。
見た事が、ある。

そう、あれはあの時。
桂子とカフェの前で。


喉から何かが込み上げてきそうになったが
もちろん押さえる。
大丈夫、私はこんな事で動揺しない。
ダイジョウブ。

「なーるーほーどーねー」
私はニヤリと彼を肘で小突いた。
「んだよ」
ちょっと照れてる彼が可愛く見える。
そんな顔、初めて見たよ。

切なく、なるね。


「ま、楽しかったら学習もはかどるでしょうに。頑張ってねー」
ポンポンと彼の肩を叩いて、来た道を戻る。
「あれ、オマエ今来たとこだろ。どこ行くんだよ」
「やっぱり先に本借りてくるの。また後で来るわー」

振り向かずに
私は彼にひらひらと手を振って、部屋を出た。

何でもない、そぶりで。
少しだけ急ぎ足で。
向かうはーー化粧室。


個室に入った途端。
視界がにじんだ。


私、バカじゃないだろうか。
何を動揺してるんだろうか。

些細な事で浮かれて沈んで。
どうしようもない。

思い切り泣くはずなんて、ない。
目が赤くなるのも腫れるのも嫌だ。
こんな所で泣くもんか。

必死にタオルで目頭を強く押して。
深呼吸を繰り返す。


彼はどんどん前に進んでいるのだ。
だけど
私は、何も変わっていない。


でも、それでいい。


数分後。気を取り直して個室から出る。
洗面台の鏡で顔を確認する。
何ともなさそうだ。

安堵の溜息をついて。
本棚へ向かった。

今日は自習室へ行くのは止めよう。
本だけ借りてーー帰宅した。





「あら、早かったじゃないの」
母に怪訝な顔をされる。
確かに勉強には短い滞在時間だった。

「……自習室が混んでて使えなかったの」
適当な理由をつけて、部屋に戻る。

もちろん勉強なんてするはずもなく。
借りて来た本をひたすら読んだ。
今日の事は、忘れよう。




そして翌朝ーー新学期が始まる。
私は憂鬱な気分で、家を出た。

昨日のショックが思ったより大きいようだ。
気にしないようにと思えば思うほど、落ち込む。
空を見る気にもなれず、自分の足を眺めながら学校へ向かう。


せっかくの新学期なのに。
どうしてこうも前を向けないんだろうか。
原因は、分かってる。

昔は、距離さえ開いてしまえば大丈夫だったのに。
今は。
開けば開くほど、想いが募るようだ。
感情の振り幅が激しくなる。

昔ならきっと
こんな事で落ち込んでなど、いない。

そう、だってあの時は
直子という彼女の存在があっても
私は仲の良いクラスメイトというテリトリーがあったのだ。

それが今は、なんにも、ない。

英語の授業で一緒だと言っても
顔を合わせて会話を交わす程度。
以前のように、近距離で親しくする事がない。

それが。
『友達』の私にはちょうどいいと思っていた。
それ以上にならない為に、距離を置く事が必要だと思っていた。
それなのに何故。
離れて時間を重ねる度に
こうも彼を想う時間が増えるのだろうか。
ただの友達なら、傷つかずに済むはずなのに。


いつまで、こうして
時が過ぎるのを待つのだろうか。
この感情が、風化する時は来るのだろうか。



はぁ、と吐いた息が白くなる。
もう、そんな季節なんだと改めて感じていると。

「みやのっち、おはよー」
トン、と肩を叩かれた。
え、と振り返ると肩に置かれた人差し指が頬に刺さる。

「……」
じろりと睨んだその先には、やっぱり。
彼が白い歯を覘かせて笑っていた。
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