いちばん、すきなひと。
つかめない距離と感情
手首につけてもらったそれを、じっくりと眺める。
「それ、願掛けするといいらしいぞ。なんか願っとけば?就活とか」
「そうなんだ。じゃあ…」

(次こそは、幸せになれるような恋をしたいな)

例えそれが、目の前に座る人物とでは無いとしても。

彼との出会いもまた、私の成長には欠かせない存在だったからこそ
今度こそは
心が安らぐような、末長く続けられる相手と恋愛がしたい。

「うん、決めた」
「お、なんか願い事決まったのかよ」
「秘密」
「ふーん……」
面白くなさそうな顔をする野々村に対して、少し意地悪な心が湧いた。

「今、教えろって思ったでしょ」
「別に」
彼はそう言って、手元のジョッキを飲み干した。

私はその様子を見てふふ、と笑う
「んだよニヤニヤしやがって」
「だってさ〜昔、初詣で会った時には教えろってうるさかったじゃん」
「そんな昔のこと覚えてねーし」
「あ、そう」
「俺もそんな野暮なこと聞かねー程度には、大人になったんだよ」

あれ、なんか反応が違う
『大人になった』かーーー

当時の記憶にある彼と、つい重ねそうになるけど
やっぱり違うんだと認識する
その距離が、なんとも言えない感情を引きずり出す。

私の知らない、彼がいる。
ああ、こんな気持ち
前にもあったね。

だけど今は
知らなくて、当たり前だよ。
彼は彼の時間を歩んできたのだから。
その分、私にも同じだけ、時を過ごして得たものがある。

そう思うと、ふいに湧く感情にも振り回されずにいられた。

「おーおー言うね〜」
野々村のセリフをからかうように私が言うと
彼は口を尖らせてボヤいた。
「クソ、なんか腹立つなその反応」
「誰かさんの専売特許でしょ」
立場逆転。
楽しい。

昔は、彼の背中を追いかけてばかりいた。
彼の反応を気にして
彼が何を思ってるのかを知りたくて、悩んだ。
それはそれで楽しかったんだけど。

今、やっと対等になれた気がする。

そのことが嬉しくて
私はそっと、手首のブレスレットに触れた。

どうか、この願いが叶いますように。


こうして、私たちはいつものように
くだらない話を言い合いながら、店を出た。
自宅まで送ってもらい、礼を言う。

「今日はありがとう」
「んにゃ、こっちも楽しかったし」
なんとなく、少しの間があって。

「……なあ」
「なあに?」
「……就活、頑張れよ」
「あはは大丈夫、何とかなるって〜」
またね、と彼の背中を見送った。

次の約束なんてしていないけれど
きっと、またすぐに会える気がした。

どこから湧いて来るのか分からない
この安心感はきっと
手首についたお守りのせい。

「さーて、明日からまた頑張ろうっと」
彼が道の向こうに見えなくなったのを確認すると、空に出た月に向かって
大きく伸びをした。

私は、私の道を歩けばいい。
それが唯一、今の私に出来ることだ。
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