王太子様は、王宮薬師を独占中~この溺愛、媚薬のせいではありません!~
「うわっ」
男はおののき、一周旋回してエマの肩にとまった僕を見て、「やはり」と嬉しそうに笑った。
「ああ、警戒なさらなくても大丈夫ですよ。我々は仲間です」
「仲間?」
「ええ。百二十年前にあった魔女狩りはご存知でしょう? あの時、海外に逃れた魔女もいたのですよ。我々は魔女の末裔を探しているんです。魔女のとっての楽園を作る。それが、我が国に逃れた魔女の遺言でしたから」
「我々?」
「ええ。同志はたくさんいます」
フィリッポはまた違う旋律を奏でた。すると、もう一人の吟遊詩人らしき人物が中から姿を現した。
「アンジェロ様? ……夫と、話をしていたのでは」
エマは驚き、身じろぎをしようとした。が、動きがぎこちない。
僕が呼びかけると、「体が、なんだか固いの」と口を動かすのもだるそうにゆっくりと話す。
「動きづらいでしょう。あなたをお連れするのに、少しばかり体の自由を奪う魔法をかけさせていただきました。……僕の祖先も魔女なのです。歌を使って魔法をかける魔女の話を聞いたことはありませんか?」
「う、そ、じゃあ、あなた……」
「それが祖母です。彼女の血を引く我々は、この能力を絶えさせないためにいろいろ考えたのです。男は魔法を使うのが苦手だといわれていますが、僕の父は道具を使うことによって、その能力を拡張する方法を編み出したんですよ」
「……楽器を使ったのね? それで、私の体が動きづらいの?」
「ええ。普通の人ならば動けなくなると思いますが、その程度で済むとは、さすがは魔女の血をひくものです。……ああ、声をあげられても無駄ですよ。中にいる人たちには、脳内をいつまでもめぐる音楽を奏でてあります。浮かれた気分のまま過ごせる旋律の魔法です。周りの変化に気づくのは夜が明けてからでしょう。我々が、あなたを連れ去らう時間は十分あります」
今度はアンジェロが笛を吹いた。すると、暗闇の中から人が移動する気配がした。どうやら庭に数人仲間が忍びこませているらしい。