王太子様は、王宮薬師を独占中~この溺愛、媚薬のせいではありません!~
「俺の妻を誘拐しようとは、ずいぶんと大それたことをしてくれるじゃないか」
かつて騎士団に入っていたというギルバートは、力にも体術にも自信があるようで、軽い身のこなしでまずは黒服の男の腹めがけて蹴りを加える。吹き飛ばされた男は、唾を吐き出しつつ手すりに頭をぶつけ、倒れこんだ。
エマ、ギルバートにあの楽器を奪うように言ってよ。
僕がそういうと、エマは素直にそれをギルバートに伝えた。
「ギル、楽器を奪って!」
「楽器? わかった」
慌ててハープを構えた吟遊詩人に、ギルバートは体ごとぶつかっていく。
彼の手を離れたハープが転がり、ギルバートは足を延ばしてそれをバームのほうへ蹴った。
「見張ってろ」
「クワッツ」
「吟遊詩人ふたりか。俺の相手になるかな」
怒りの形相でこぶしを鳴らすギルバートに、あたりを巡回していた騎士団員も気づいたらしい。
武装した彼らが近づいてきたときには、ギルバートはふたりの吟遊詩人をぼこぼこにしていた。
「ギルバート様、何事ですか」
「暴漢だ。どうやら王家の宝を狙ったようだぞ。あとは任せる。……お前はこっちだ。中の様子がおかしい理由を何か知っているだろう」
フィリッポの首根っこを捕まえ、尋問するギルバートに、耳打ちするようにエマが理由を言う。
「つまり、音楽によって何らかの洗脳が行われているということか?」
「彼になら解除できるはずよ」
そうでしょ、と問いかけるエマに、フィリッポは顔をしかめた。
「エマ様。……本当に我々と来る気はないのですか?」
フィリッポのまなざしに、エマは一瞬体を震わせる。だけど、僕が肩にのると、ほっとしたように息を吐き出して、言った。