淡雪
「一度、借財を綺麗にしてしまったほうがいいのではないか?」

「は、い、いえ、そのような……」

「いい加減、札差めも新たな融資はいい顔をしないであろう? ここはひとつ、強談で解決してしまおうではないか」

「そ、そのようなことをすれば、今後そこから借りられなくなるではないですか」

「よいではないか。世の中に札差はたくさんある。わしが紹介してやるわい」

 手を伸ばして、伊田がぽんぽんと肩を叩く。
 左衛門は迷った。
 確かに今のままではこれ以上小槌屋から借りることは不可能だ。
 ばかりか、少しでも返さないと、いよいよ力技に出られるかもしれない。
 長年付き合いがあり信頼もある小槌屋を切るのは痛いが、どちらにしろこのまま何事ない状態が続くわけはないのだ。

「札差など、所詮は我ら武士を食い物にする悪徳商人よ。そのようなものに義理立てすることはないわい。ついてはわしが、話をつけてやろう」

「え、伊田様が?」

「大事な花嫁の実家の危機じゃ。わしに任せておけ」

「し、しかしそのようなことを伊田様にお任せしては……」

「案ずるな。何もわしが前面に出るわけではない。こういうことに長けた、蔵宿師を頼むのよ」

「蔵宿師……」

「向こうは対談方を出してきたのじゃろう。ならこちらも同様の者に相手をさせるべきじゃ」

 黙っている左衛門の肩を、再度ぽん、と叩き、伊田は声を潜めた。

「商人などになめられてどうする。そのような姿、可愛い娘御に見せたくはないであろう?」

「う、そ、それは……」

「案ずるな。わしが良きようにしてやる故、話し合いの場を設けよ」

 項垂れる左衛門の肩をぽんぽんと叩き、伊田は帰っていった。
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