淡雪
「あ、奈緒殿、気に入りませぬか?」

「いえ、あの。とっても嬉しいです」

 慌てて言うと、良太郎はほっとしたような顔になり、小者に金を払った。
 良太郎のことは好きだ。
 好きな人に優しくされて、何故心から喜べないのだろう。

「奈緒殿、行きましょう」

 良太郎に言われ、再び歩き出した奈緒は、ふと通りの向こうに黒坂を見つけた。
 その瞬間、どきんと心の臓が鳴った。

 人混みに紛れて、黒坂は、じっとこちらを見ている。
 奈緒と目が合うと、彼は少しだけ口の端を上げた。
 その笑みに、奈緒は何故かいたたまれなくなった。

「奈緒殿? どうしました?」

 良太郎が、怪訝そうに振り向いた。

「い、いえ」

 奈緒は慌てて歩を進めた。
 どこから見ていたのだろう。
 早足で歩く奈緒を、良太郎が驚いたように追いかける。

「どうなさったのです。そんなに急がなくても、まだ時間はありますよ」

 優しい笑みを浮かべて、良太郎が言う。

 やめて。
 話しかけないで。

 そっと振り向いてみると、黒坂の姿は奈緒の視界から消えていた。
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