淡雪
「折角奈緒殿と二人なのですから、もっといいところにお連れしたいところですが、何分急なもので。でもこの辺りでは、ここが一番美味しいのですよ」

「良太郎様が連れて行ってくださるところなら、どこだっていいですよ」

 奈緒が言うと、良太郎は嬉しそうな顔をした。
 こんな風に、全て表情に出る人が羨ましい。
 先の言葉だって笑顔で言えば、もっと良太郎は喜んでくれただろうに。
 なかなか思うように動いてくれない己の頬を、奈緒は密かに抓った。

「いや全く、お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ない」

 運ばれてきた蕎麦を手繰りながら、良太郎が少し渋面になって言った。
 そういえば、借金の話をしているようだった。

「あの。何故伊田様がうちの借金のことを?」

「奈緒殿のお耳に入れるようなことではありませんよ」

「でも、自分の家のことですし、良太郎様に何かご迷惑がかかってるんじゃないですか?」

 ずい、と乗り出すと、良太郎はしばし黙っていたが、ため息をついて箸を置いた。

「父上が、高保殿の借金の申し入れを受けるよう、札差に迫ったようなのです」

「えっ」

 父の借金は、そう簡単に返せる額ではないだろう。
 よくは知らないが、小槌屋との付き合いは相当長い。
 ということは、それだけの期間、借金をしているということだ。

 返すあてもなく膨れていくだけの借金の上に、また新たなまとまった借金の申し込みなど、受けられるものではない。
 実際これ以上は貸せない、と言っていたではないか。

「しかも、蔵宿師という荒くれ者を使って。武士ともあろう者が、刀で商人を脅しつけて金を毟り取ろうなんて、情けない限りです」

「え、あの。父が、伊田様にお願いして、そのような手を使ったんですか」

 あの温厚な父が、そんなことをするなんて。
 が、良太郎は激しく首を振った。
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