淡雪
「無様だね」
音羽の言葉は、奈緒の自尊心を打ち砕いた。
しん、と静まり返った部屋に、雨音だけが、やけに大きく響いた。
「わっちは黒坂様に、誰ぞ娶ってもいいと言ってるよ。浪人である黒坂様に、わっちの請け出しなんてできないからね。ただ今まで通り、会って欲しいとは言ってるけど」
「……何故そこまで黒坂様を求めるのですか」
同じことを聞く奈緒に、音羽は息をついた。
「ここはわっちが花魁になるまで、黒坂様との逢引きに使ってた宿だよ」
静かに、音羽が言った。
改めて、奈緒は部屋の中をぐるりと見回す。
畳もなく板敷きの部屋には調度品などなく、ただ薄っぺらい煎餅布団があるだけだ。
隣の部屋との境は汚れた襖だけなので、夜になれば物音など筒抜けになろう。
廊下も、そこここで雨漏りしていた。
「花魁になるまでは金もないし、時間もない。今のようにゆっくり外湯にも行けないから、四半刻程度で慌ただしく抱き合ったものさ」
音羽と黒坂は、随分昔からの知り合いということだろうか。
奈緒は黙って耳を傾けた。
「わっちと黒坂様の、何が知りたいってんだい。関係性ならわかっただろ」
「単なる客として会ったとは思えないです。どこでどう知り合ったのかが知りたい」
「遊女の過去なんざ、悲惨なものさ」
ふい、と顔を背け、音羽が言う。
そのまましばし、窓の外に目をやっていた。
「わっちは八つのときに、両親を盗賊に殺された。そこに踏み込んで助けてくれたのが黒坂様だ。それからしばらくは黒坂家にいたがね、微禄の武家なんざ、生活もままならない。武家の株を手放さざるを得なくなったときに、黒坂様の母親は、わっちを廓に売ったのさ。元々父親のほうが、わっちに邪な思いを抱いていたのが気に食わなかったんだろ」
「黒坂様の父上が?」
「所詮拾い子のわっちなんだから、どんな扱い受けようとどうでもよかったとは思うんだがね。今のあんたのようにね」
音羽の目が、奈緒を捕らえる。
きちんとした武家娘でなければ人として見ない。
遊女を蔑んだ奈緒にも言えることだ。
「ただ、それまでの屋敷では人目を忍ぶこともできたが、株を売っちまえば長屋暮らしになる。六畳一間で幼い拾い子を弄ぶ姿なんざ見せられた日にゃあ、そらぁ我慢もできなくなるだろ。わっちは即、廓に売られ、父親は母親に刺された」
奈緒は息をのんだ。
音羽の過去の話だが、黒坂の過去でもある。
音羽の言葉は、奈緒の自尊心を打ち砕いた。
しん、と静まり返った部屋に、雨音だけが、やけに大きく響いた。
「わっちは黒坂様に、誰ぞ娶ってもいいと言ってるよ。浪人である黒坂様に、わっちの請け出しなんてできないからね。ただ今まで通り、会って欲しいとは言ってるけど」
「……何故そこまで黒坂様を求めるのですか」
同じことを聞く奈緒に、音羽は息をついた。
「ここはわっちが花魁になるまで、黒坂様との逢引きに使ってた宿だよ」
静かに、音羽が言った。
改めて、奈緒は部屋の中をぐるりと見回す。
畳もなく板敷きの部屋には調度品などなく、ただ薄っぺらい煎餅布団があるだけだ。
隣の部屋との境は汚れた襖だけなので、夜になれば物音など筒抜けになろう。
廊下も、そこここで雨漏りしていた。
「花魁になるまでは金もないし、時間もない。今のようにゆっくり外湯にも行けないから、四半刻程度で慌ただしく抱き合ったものさ」
音羽と黒坂は、随分昔からの知り合いということだろうか。
奈緒は黙って耳を傾けた。
「わっちと黒坂様の、何が知りたいってんだい。関係性ならわかっただろ」
「単なる客として会ったとは思えないです。どこでどう知り合ったのかが知りたい」
「遊女の過去なんざ、悲惨なものさ」
ふい、と顔を背け、音羽が言う。
そのまましばし、窓の外に目をやっていた。
「わっちは八つのときに、両親を盗賊に殺された。そこに踏み込んで助けてくれたのが黒坂様だ。それからしばらくは黒坂家にいたがね、微禄の武家なんざ、生活もままならない。武家の株を手放さざるを得なくなったときに、黒坂様の母親は、わっちを廓に売ったのさ。元々父親のほうが、わっちに邪な思いを抱いていたのが気に食わなかったんだろ」
「黒坂様の父上が?」
「所詮拾い子のわっちなんだから、どんな扱い受けようとどうでもよかったとは思うんだがね。今のあんたのようにね」
音羽の目が、奈緒を捕らえる。
きちんとした武家娘でなければ人として見ない。
遊女を蔑んだ奈緒にも言えることだ。
「ただ、それまでの屋敷では人目を忍ぶこともできたが、株を売っちまえば長屋暮らしになる。六畳一間で幼い拾い子を弄ぶ姿なんざ見せられた日にゃあ、そらぁ我慢もできなくなるだろ。わっちは即、廓に売られ、父親は母親に刺された」
奈緒は息をのんだ。
音羽の過去の話だが、黒坂の過去でもある。