淡雪
「ほんに相すみませぬ。別の相方になさいますか?」

「いや、いい。まぁ疲れておったのかもしれぬしな」

 それだけ言って、ぺこぺこ頭を下げる幇間をそのままに、金吾は見世を出た。
 さて、これで花魁が動くだろうか、と、少し行ってから振り返る。
 特に見世に変化はない。

 と、招き屋の横の路地から、一人の老爺が姿を現した。

「小槌屋さん、と仰いましたか」

 す、と身を寄せて聞いてくる。

「そうだが、おぬしは?」

「招き屋で下働きをしております。花魁から頼まれまして」

 小声で言うと、老爺は目で促し、出てきた路地のほうへ戻っていく。
 ついてこい、ということだろう。

 路地に入ってしばらく歩くと、見世の裏手に出た。
 使用人の出入り口なのか、小さな戸がある。

「こちらでしばしお待ちを」

 それだけ言って、老爺はするりと戸の向こうに消えた。

 暗い路地に佇んで程なく、再び戸が細く開いた。
 老爺が、小さな紙片を差し出す。
 開くと、流麗な文字が目に入った。

「これは、花魁が?」

「へぇ。旦那様が小槌屋さんだと口にされたのを耳にされて、慌てた様子でわしを遣わしたんでさ。わしが小槌屋さんをお連れする間に、これを書いてらっしゃったようで」

 やはり花魁は動いた。
 花魁なら黒坂が小槌屋の元にいることを知っている。
 今は何としても黒坂と連絡を取りたいところだろうし、そこに小槌屋が現れれば、必ず接触してくると思っていた。

 紙に目を落とすと、そこには揚羽が帰らないこと、揚羽のものと思われる髪が一房届けられたこと、そして自分は外出ができなくなったことが書かれてあった。

「ん? どういうことだ?」

 小槌屋が問うと、老爺は少し後ろを気にする素振りを見せた。

「ここであんまり立ち話はできねぇんで。かといって、あまりあっしが消えるわけにもいきません。取り急ぎ、それをお渡しするよう言われただけですが、禿のことで、何ぞご相談したいのだと思います」

「とはいえ、花魁と話をするわけにもいかんだろう」

「旦那様は、あっしの顔を覚えておいてくだせぇ。あとは、屋敷の場所を教えて頂けますかね」

 とにかく要点だけ伝え、詳しいことは後程、ということだろう。
 頷くと、金吾は老爺に小槌屋の場所を教えた。
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