淡雪
「こ、これは……」

「これと同じものを、音羽が受け取っていたな」

「小槌屋さんのところにも届いたのですか」

 震えを帯びた声で、五平が言う。
 切り取られた髪が多いほうが、不吉さは増す。

「届いたわけではないがな……。それよりも、音羽まで見世を出られなくなったというのは、どういうことだ?」

 黒坂は言葉を濁した。
 奈緒から直で受け取った、ということは、軽々しく口にしていいことではない。
 揚羽の安否を確かめないうちに奈緒の名が出れば、何をするかわからない。

「花魁自身の心労もありますがね、揚羽の安否がわからないまま、花魁を外に出すわけにはいかないってんで。揚羽が音羽花魁の一の禿だってことは、花街の客なら誰でも知ってることですんで、次は花魁を何とかする、という警告かもしれない、という考えからですよ」

「なるほど……。そうだな、今ふらふらするのは危ねぇな」

「他の禿も怖がっちまって。女子を減らすわけにもいかないんでね、当面女子は外に出さないって女将が決めましてね。今外に出られるのは、あっしや男衆だけですわ」

 ということは、一応奈緒の目論見は成功したということだろうか。
 繋ぎ役がいなくなっただけでなく、女子の外出自体がなくなった。

「揚羽の居所は探しているのかい?」

「探してはおりますが……。何せ手掛かりがねぇもんで」

「音羽の元に送られたのは、髪だけか? 何か、書付とかはなかったのか?」

「何も。それだけが張り見世の格子に引っかかっておったのです」

 昼見世と夜見世の間の、誰もいない一時に置いていったのだろう、とのことだった。

「誰かに届けさせようにも、そいつから辿られるしな」

 おそらく直接音羽に手渡すことができれば、奈緒はそうしたはずだ。
 何せ、音羽には自分からの警告だと知らしめないと意味がない。

 ただ周りにバレるのはまずいと思ったのだろう。
 禿が行方不明、というだけで、結構な騒ぎになる。

 いなくなったことが見世に知られるのは仕方ないとしても、さらに何か良くないことが起こっている、ということを示す黒髪は、本来なら音羽のみに渡したかったはずだ。
 音羽以外に自分の存在を広めるのは得策ではない。

「とりあえず、揚羽のことはこちらでも調べてみる。音羽には、事情はわかった、と伝えてくれ」

 わかりました、と頭を下げ、五平は帰っていった。
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