今宵は遣らずの雨

兵部少輔の死が知らされたとき、だれもが初音の方が泣き叫んで手がつけられなくなると思っていた。


……だが。

実際の初音はそのことを聞いても、何のことだかさっぱりわからなかった。

あまりにも突如、人知を超えたことが起こってしまったのである。

兵部少輔……鍋二郎は、つい先だってまで、初音のすぐ隣で元気よく笑っていたのである。

生まれてくる子が楽しみで、初音の腹を撫でなから、出てくるのは(おのこ)であるな、と楽しみにしていたのだ。

今にも回廊から、

「初音、参ったぞ」

という声とともに(ふすま)が開き、颯爽と大股で初音の部屋に入ってくるような気がしてならない。


そう考えているたった今も、

夢なのか、(うつつ)なのか、幻なのか、

さっぱりわからない。


初音は泣くどころか、すっかり人形のごとく(ほう)けてしまった。



とにかくお腹の子が流れては一大事であるから、初音の方は兵部少輔の葬儀にも出られず幽閉された。早まったことをしないようにと、監視の目もついた。

特に寿姫は寝起きを共にし、絶えず初音の傍らから離れることなく寄り添った。

夜中、うなされて目覚めた初音の方を、やさしく朝まで抱きしめ続けた。

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