暴君陛下の愛したメイドⅠ【完】
(そもそも初めから陛下だと気づいていれば、ノコノコとついてこなかったのに…………)
今までどうでも良いと思い、顔を覚えることをしてこなかった私を凄く恨む。
そもそも『余』と言っていたのだから、そこに気づくべきであった……。
「………………申し訳ございません。いきなりの事で、つい言葉を失ってしまいました」
「そうであろうな。余であると分かっていれば、そのような態度は取らぬだろう」
(………………当たり前だ。流石に命は惜しいからね)
過去の言葉や行動を遡ってみると、私は色んなことを陛下にしており、牢に入れられる代わりの代償が、陛下の側で客人としていることならば、容易い御用だ。
「そう言えば、そなたの名を聞いておらぬな」
それにしても流石にバレていないとはいえ、本名を教えるにはリスクが高すぎる。
偽名を使わなくては。
「失礼致しました。私は"アニ・テリジェフ"と申します」
テリジェフとは結婚する前に母が使っていた元の名字だ。
「…………そうか。メイド長が直にここへ来るが故、その者に部屋の場所を教えてもらえ」
「分かりました」
ニコリとも笑わない陛下は私に向かってそう言うと、宰相と共に何処かへ行ってしまった。
その場に取り残された私は数人の兵士と無言の時間を過ごし、数分すると見慣れたメイド長が私の元へやって来た。
「私(わたくし)はラディカルと申します。陛下の客人にて、お部屋までご案内する様にと命じられました。早速ですがご案内させて頂きます」
客人だからかその目はいつもの鋭い視線ではなく、優しく微笑むようだった。
宮殿の中はある程度分かっているものの、客室掃除などに行ったことがなかった為そこの通りはよく知らず、迷子にならぬようラディカルメイド長の後ろをついて行く。