言い訳~blanc noir~
 和樹が静かに頷くのを確認し、ぎこちなくシーツの中に身を滑り込ませた。

 和樹の涙に戸惑いながらも、肌が触れると反射的に千尋の体が強張らせる。胸の鼓動を落ち着かせるかのように、千尋は短く息を吐いた。


「―――クロちゃんが心臓の病気になったとその方からメッセージをもらったんです。私までパニックになってしまって。
だけど奇跡は絶対に起こります! って返信した後シロと一緒に願いました。
こういうときって何に願えばいいかわからないし、シロが本当に願ってくれているのかもわからないんだけど。それでもご先祖様から神様から、猫の神様がいるかわからないけど手当たり次第願いました」


 そして千尋が再び呼吸を整えた。


「そうしたら願いが届いたのかな。クロちゃん退院できたんです。だけどその日から半年くらい経って、クロちゃんは亡くなったんですけどね。それでも半年の間、クロちゃんは大好きな“さおりちゃん”と“ご主人様”の傍で過ごせて幸せだっただろうなぁって」


 千尋は思い出したかのように「あっ」と呟いた。


「その方“さおりちゃん”って言う方なんです。その方のご主人が“ご主人様”っていう名前なんですけど。
さおりちゃんはご主人様の事が本当に大好きな方で、ご主人様もさおりちゃんの事が大好きなんだろうなぁって。
どこに住んでいる方なのか、お幾つなのかもわからないんですけどね。
でも私、二人の事が大好きなんです。憧れというか……。
いつか私も結婚する日がきたら、さおりちゃんとご主人様のような夫婦になりたいなぁって思っていました。だから両親にいくら見合い話を持ち掛けられてもずっと断ってきたんです。私の“ご主人様”は絶対に自分で決めるって」


 和樹に顔を向けた千尋は、優しげな眼差しで微笑み、ふふっと肩を竦ませる。


「どうしてそれが椎名さんだったのか自分でもわからないんだけど、椎名さんを初めて見た瞬間、本当に一目惚れしたんです。
ほら、椎名さんってかっこいいですしね。どうしてこんなに素敵な方が銀行にいるんだろう? って。最初は俳優さんかと思っちゃいました。
でも、一目惚れっていう言葉しか知らないから、そういう言い方になるんですけど、少しニュアンスが違うんです。何かこう、胸に飛び込んでくるものがあったっていうか」


 恥ずかしそうに笑い、千尋は少しの間をおく。何かを反芻させるかのように遠くを見つめる。和樹の手を握ったまま、ぼんやりと天井を眺め、千尋が呟いた。


「さおりちゃん元気にしてるかなぁ……。シロが亡くなってから少し縁遠くなっちゃってるんです」


 すると和樹の腕が千尋を抱き寄せた。

 え、と瞬きを繰り返す千尋の胸に和樹が顔を埋めた。

「椎名さん……?」

 驚いたように目を見開き、千尋は息を呑みこむ。
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