言い訳~blanc noir~
 和樹はもう何も考えられなかった。

 胸の奥に押しこんでいた沙織への思いがとめどなく溢れ出す。

「ご主人様」と目を細め胸に顔を埋めた沙織の笑顔。

 何度でも「大好きです」と伝えてくれた沙織の思い。

 孤独が怖くて寂しがり屋な沙織の泣き顔も、唇を尖らせキスをねだるその顔も、猫のようにしなやかだったその体も……。

 忘れた事なんか一度もない。

 沙織と過ごした時間を忘れられるはずがない。


 沙織は死んだんだ。

 沙織はもういないんだ。


 自分にそう言い聞かせながら過ごしてきた10年分の思いが涙となり流れ出す。


 幸せなんか必要ない。

 あの時沙織が言った言葉を背負うかのように、幸せを否定しながら、何もかもを破壊しながら生きてきた。


 それでも俺は―――。

 幸せをずっとどこかで欲していた。



 和樹が肩を震わせながら声を押し殺すように泣いている。


「椎名さん……」


 千尋が和樹の髪をそっと撫でた。


「今夜だけ泣かせてください」


 和樹のくぐもった声が千尋の胸にこだました。
< 195 / 200 >

この作品をシェア

pagetop