言い訳~blanc noir~
 ほんの冗談のつもりでそう言った。


 後でキスしてね、と。そんな意味を込めたつもりだった。


 しかし残念ながら、沙織には言葉の趣旨は全く伝わらなかったらしい。

 その場で口紅を取り出し唇に塗った沙織は、満面の笑みを浮かべ深々と腰を折った。


「ありがとうございました!!」


「……あ、どういたしまして」


 そういう意味でのお礼じゃないんだけどな―――


 今までの女ならここで恥ずかしそうに俯くか、照れた仕草を見せていたのにな、と、そんな事をふと思ったが、沙織を他の女と比較する事自体がナンセンスだ。


 そんな沙織をとても愛おしく感じてしまう。


 そして帰りは誰に振り返られる事もなく、行きは俯きっぱなしだった沙織はしっかりと顔を上げ、和樹に寄り添ったまま店を後にした。





 目の前の椅子に腰をおろした沙織は落ち着きなくきょろきょろと店内を見回していた。


「こんなオシャレなお店に来るの初めてです」


 沙織はバーカウンターの向こうでシェイカーを振るバーテンダーを興味深そうに眺めながらそう言った。

 このクラスのレストランバーなら大学生でも合コンなどで気軽に利用しているだろう。現にどう見ても二十歳を少し過ぎたくらいの若いカップルがアルコールを片手に食事を楽しんでいる。


 沙織の後ろのテーブルは何やら女3人で旅行の計画を立てているようだった。

 沙織は今まで女友達とこうやって食事やアルコールを楽しんだり、他の男や夫とオシャレをしてデートをする事がなかったのだろうか。


 たった3歳しか年齢が違わないのに不思議でならなかった。
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