言い訳~blanc noir~
「沙織は女友達と出掛けたりしないんですか?」


「私、こっちに友達がいないんです。地元が大分だから」


「大分? そうだったんですか。いつ東京に?」


「15年前かな? あ、ご主人様、私の履歴書見てなかったんですね」


「ああ、すみません。勝手に履歴書見るのは失礼だと思ったので」


 沙織がケーキ屋の面接を落とされた日、和樹に家政婦として雇ってくれと履歴書を渡されていたが目を通さず引き出しの中に入れたままになっていた。


「15年前、こっちに来たんです」


「高校の頃ですか?」


 沙織は口の中にちぎったバケットを放り込むと咀嚼しながら首を大きく横に振った。


「私、中学卒業してすぐに住み込みで美容師になったんです」


「美容師? 沙織がですか?」


「意外でしょう? なりたくてなったというより、生きていくためにならざるを得なかったって感じなんですけど」


 その言葉の意味がいまいちキャッチ出来ずに和樹は戸惑った。


「子供の頃に親が離婚して父親と一緒にいたんだけど、中学2年生のときに父親が女の人作って蒸発したんです。
私、親戚のところに預けられてたんだけど。
まあ……迷惑だったんでしょうね。だから、高校進学するの諦めて手に職をと思って美容の世界に飛び込んだんです。
でも今となってはただの中卒だから、仕事もなかなかないし。やっぱり世の中って学歴社会なんだなぁって思いました」


 沙織のその言葉にどう答える事が適切なのか言葉を探したが見つからなかった。


 和樹の周囲は最低でも短大卒、日頃肩を並べて仕事をする連中は全員四大卒だ。

 学歴が人の価値を決めるとは思っていないが、自分の周囲に誰一人として中卒の人間がいないせいか、何も答える事が出来ず、ただ沙織の話に耳を傾けていた。


 沙織は苺のフローズンダイキリを口に運ぶと話を続けた。少し酔いが入っているのだろうか、沙織はいつになく饒舌に身の上を語り出した。


「18のときに主人と結婚したんです。
私、美容師も中途半端になっちゃったし、結婚生活も自分が思い描いてたものとは違うし。
赤ちゃんが欲しかったんだけどなかなか授からなくて。
主人は他に好きな人が出来て、本当は子供もいるからそっちにいきたいんだろうけど……。
私、身寄りもないし、一人ぼっちになるのが怖いんです。
ほら、クロと二人だけで生きていくのって大変そうでしょ? クロご飯いっぱい食べるから」


 そう言って沙織は笑った。穢れのない優しい笑み。


「どうして沙織はそうやっていつも笑うんですか?」


 訊かずにはいられなかった。
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